第7話 その後の啓佑(最終話)

文字数 1,114文字


 啓佑(けいすけ)の背中の(かゆ)みは、頻度こそ減ったもののその後も繰り返し発症し、彼はついに皮膚科を受診した。診断結果は汗疹(あせも)だった。

 仕事では納入先との発注見込みのずれによる欠品及び余剰製造は数か月連続で起きた。
 啓佑は権藤さんからの依頼で、一連の手続きを二人で検証してみたが、原因は解けなかった。むしろ、多少の数量の誤差は生じるのが当たり前のように考えられた。

 こうなると、園部さんが担当していた頃にどうして無駄が生じなかったのか、という謎が生まれた。
 啓佑が取引先の人と話をして分かったのは、園部さんが頻繁に電話やメールで相手とコミュニケーションを図っていたことだった。

 そんなことで取引ロスがなくなっていたとは、社内の誰も信じなかった。

 そのうち、休日に園部さんが奈部川(なべかわ)製菓の製品を販売している店で買い物をしていた、という情報が出てきた。そしてショーケース内の菓子の配置や、店頭に飾っている生花や商品のポップに関してメモを取っていた、といった虚実不明の噂も流れた。

「まさか、そこまではやっていないだろう」兄はそう言って、園部さんにまつわる話の半分以上を都市伝説だと一笑に付した。
 啓佑も同じ感想を持ったものの、園部さんの相手への心配りのきめ細やかさについては、それこそ魔術レベルだったと思うのだった。

 経理担当に過ぎなかった園部さんのことを取引先の人たちがよく知っていたという事実は社内に、とりわけ啓佑周辺の者に少なくない衝撃を与えた。

「ああいう人を、痒いところに手が届く人というのかなあ。私は尊敬しているよ。貴重で保護すべき精神だよ。天然記念物だな。――啓佑、これってつまらないか」

 風呂上がりの祖父は、リビングで孫の手で背中を()いている啓佑が自分の軽口に乗ってこないことが不満のようだった。

「おい啓佑、それは婆さんの孫の手なのか」
「違うよ」啓佑は答える。祖父の言葉にカチンときた彼は、園部さんから貰ったものだとは言いたくなかった。

「俺も同じことができるのかなあ」孫の手を置くと、啓佑は立ち上がる。祖父の背中に回ると、その肩を揉み始めた。

「どうしたんだよ、急に」
「集中して絵を描いているから、()っているんじゃないの?」

「ありがたいねえ」
 祖父の分厚い背中を揉んでいると、啓佑は自分の背中にチクリと刺激を感じた。

 一度は薬で直ったはずなのに、十二月に入ったら以前と同じ場所がまた痒くなっていた。
いったいいつまで背中の痒みは続くのだろう。

 むずむずが始まると集中力が削がれてしまうので困ったものだが、孫の手を握るたびに園部さんのことを思い出すことができる。だから啓佑は掻いた瞬間の快感も含め、この状況を受け入れているのだった。

――(了)――
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