第4話 キャッチボール

文字数 2,091文字

そして、ふたりは丘をゆっくり下っていった。午後の光にかがやく遊園地はしだいに大きくみえてきた。
ずいぶん時間がかかったが、ようやく広場についた。こどもたちの歓声がひびいている。
ひろばの中央の巨大なサーカスのテントを囲むように観覧車やジェットコースター、メリーゴーラウンドなどが並んでいる。それらの手前には、ポップコーン、ホットドッグなどのきれいな色のかわいい屋台が並んでいる。ポンバはギビマルをせおったまま、立ち止まり、ぽかんと口をあけて、広場を見渡した。
カラフルなパッチワークの背広をきた猿のバンドマンたちが、思わず踊りだしてしまいそうな、にぎやかでたのしい音楽を演奏している。バンドマンたちをのせたミニステージは下に車輪でもついているのかそこらをぐーん、ぐーんと動いている。
まっしろな顔に真っ赤なまるい鼻のコアラピエロが数え切れないほどの色とりどりの風船の束を抱えている。よく見ると、ピエロの足は地面から浮いて、ふわふわと漂っている。
「わあ、たのしそうだね、どれからのろうか…」ポンバは声をはずませた。
そのとき、大きな影がちかづいてきた。
「わ、なんかくせえ、と思ったら、ポンバじゃないか」と野太い声。サソリ熊のビーダンスケだった。黒くひかるハサミに巨大な奇妙なアイスクリームをはさんで、ぺろぺろなめている。
「うわ、ほんとだ。どぶ川みたいなにおいだ」
ビーダンスケの後ろにいたうろこぶたがひしゃげた鼻をつまんだ。
「くさった雑巾みてえ」かっぱきづねもきぃきぃ声をあげた。
「おい、何しにきやがった」とビーダンスケが怒鳴った。
ポンバのせなかで、ギビマルが固くなったのがわかった。
「あ、いえ、べつに…」ポンバはうつむきながら小さな声で言った。
サソリ熊がさけんだ。
「おまえなんかがすわったら、ジェットコースターとか、メリーゴーランドとかの椅子がみんなべちょべちょになっちまうじゃないかっ。」
「しかも、においつきになっちゃうよー!」と鼻をつまみながらかっぱきづねが叫んだ。
「うわあ、おええっ」うろこぶたが、胸をおさえてはくまねをした。

「あれ、こいつのせなかに何かついてるぞ」とサソリ熊はふといまゆをしかめて、するどいはさみをポンバにつきつけた。
かっぱきづねのギザがポンバのせなかのほうにまわりこんだ。
「うわ、なんだ、こいつっ」ギザはとびすさった。「こいつ、真っ黒いけだまのおばけをしょってるぞ」かなきり声をあげる。
「ちっこいけど、悪魔みたいな顔してやがる」うろこぶたのウフォも顔をひきつらせた。
「うわあ、ばけものが、ミニばけものをつれてきたっ!」ギザは大声をだした。
サソリ熊はのっしのっしとポンバにちかづいた。ポンバは足がすくんでしまって、身動きができなかった。
「ほんと、へんなやろうだな」サソリ熊はギビマルを覗き込んで顔をしかめた。「だけど、こいつまるっこくてボールみたいだな」ビーダンスケはポンバのせなかに手をのばし、はさみでむんずとギビマルをつかんだ。
「わ、そんなきもちわるいのさわれるなんて、さすがビーダンスケさまだっ」
すかさず、かっぱぎつねが叫ぶように言った。
「前にもゲームセンターにイボツノヤモリやろうが入ってきたとき、むぎゅとつかんで外に放り出してくださったぞっ」うろこぶたも尊敬のまなざしをサソリ熊に向けた。
「おい、こいつでキャッチボールしようぜ」
ビーダンスケはポンバを片手で放り投げると、もう片方のはさみで受け取った。
 「あ、はいっ」といってうろこぶたはずずずっとさがるとしゃがんで、両腕を前に構えた。
サソリ熊は太い腕を大きくふりかぶると、ウフォに向かってギビマルをなげこんだ。
「ストライークっ!」
ギザは叫ぶと右腕をつきあげた。
「す、すごいコントロールだっ」と、ギザはおおげさに叫んだ。
「それにすごいスピード、球が重いっ」キャッチャー役のウフォはふうと息をついてグローブみたいな手を降ってみせた。
 「よしっ、今度はもっとすごい球いくぞっ」サソリ熊は豪快に笑って、ギビマルをつかんだ腕をぶんぶん回した。
 「やめて、やめてよー!」ポンバは必死にビーダンスケにかけよった。でも、サソリ熊のところについたときにはギビマルは、うろこぶたのところに放られていた。「やめてーっ!」ポンバは今度は、うろこぶたにせいいっぱいの速度で向かった。でもギビマルは再びビーダンスケに投げ返されるのだった。ギビマルは声をあげることもできずに、眼をぎゅっとつぶっている。
「やめろーっ!」
ポンバはビーダンスケとウフォの間をいきおいよく飛び交うギビマルを目で追いながら、叫び続けた。
ついには、「ギビマルが死んじゃう、やめろー!」と叫びながらビーダンスケのけむくじゃらの太い足にしがみついた。でも、サソリ熊に足をひとふりされ、ふっとんでしまった。
「野球しながら、サッカーもしろっていうのかよっ」ビーダンスケがわざと顔をしかめていうと、ギザとウフォは大笑いした。
ポンバはどうにか立ち上がったものの、どうすることもできなかった。

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