シェアのゆくえ(全文)

文字数 5,223文字

今日も彼は、だれかがシェアしたどうでもいい記事を読んでいた。たった今もせっせと、ともだちがシェアした記事を、さらにシェアしていた。

〈次のフェーズに行くためにも、こういう学びを大切にしていきたいよね〉

といったコメントをそえるのも、けっして忘れない。暇さえあれば、いや、なくても、毎日、毎時間、毎分、毎秒、つねにスマホをチェックし、そんなことを繰り返している。実のところ、依存症にちかい状態だが、本人はそうとは、気づいていない。いざとなれば、自分の意思でいつでも、すぐにスマホからはなれられると思っている。

彼の年は、二十か三十くらいだろうか。いや、最近は中年になっても幼くみえる人は多い。もしかすると四十くらいかもしれない。ともかく、ぱっと見の雰囲気は、若者といった感じ。とりあえず毎日、普通に働いてはいる。とはいえ、自分にはもっとなにかすごいことができるはずだと、心のどこかでずっと思っている。ようするに、よくみかける若者だ。

そうしているうちにまた、彼のタイムラインに、いけすかないともだちの最新投稿が表示された。

今度のは、あざやかでおしつけがましい色の背景に、大きな文字で

〈まだ発表はできないんだけど、すごいことを企画中!今からたのしみでしかたがない〉

とだけ書かれている。

投稿は文字のみで画像はないが、どうだといわんばかりの自慢げなともだちの顔が頭にうかんだ。若者は、しぶい顔をした。

「こういうのにかぎって、本当にすごかったためしがないんだよな。どいつもこいつも大したこともしてないくせに、言うことばかりでかくてさ。そんなことじゃ、結果なんてついてこないってわかってんのかな」

そうぶつぶつと一人つぶやきながら、とりあえずいいねを押し、画面をさらにスライドさせた。
すると今度は、また別のともだちの投稿が目にはいる。

〈まさかの九十点!百人に一人の天才だって!びっくり〉

というコメントとともに、なにかの診断サイトをシェアしている。

リンク画像には、どうみてもバランスの悪い大きな文字で『あなたの未来能力診断』と書かれている。とんでもなく怪しげだ。というか、あほくさい。いい結果が出たところで、なんの得もなさそうである。しかし、ともだちは、そんなことはおかまいなしに、よい結果をみんなに言いたくて仕方がないといった感じだ。

「あんな無能なやつが九十点で天才だって?くだらないテストだな。まあ、おれならもっといい点がとれるだろうけど」

若者は、鼻で笑いながらも、実際のところ、自分はみんなの中で、どのくらいの位置にいるんだろうと、少し気になった。頭の中でともだちが、「おれより低い点数が出ちゃうんじゃないの」と、にやにやしている。

そうだ、やってみて悪い結果が出たら、シェアせずに、やらなかったことにすればいい。そして、聞かれたら、「なにそれ、最近は忙しくて投稿をチェックしてなかったから、そんな診断知らないや」とでも言っておけばいいだろう。

ちょうどよい言いわけを思いついたので、若者は心おきなくリンクをタップした。

立ち上がったページには

〈あなたに秘められた能力を診断します。診断の結果、世の中に貢献できる能力がきわめて高いと判断された場合は、わたしたちのプロジェクトに参加することができます〉

と表示されていた。

若者はさっそく、スタートボタンを押す。

なんとも簡単で、たわいない問いがいくつも続いた。たとえば、識別力診断と称して、どうみてもはっきりと区別できるグレーと黒、二枚の画像が並んでいて、より黒い画像を選べとか。注意力診断と称して、枠内にびっしり敷きつめられた〝国〟という漢字の中に、部首がくにがまえですらない、〝町〟という漢字が混ざっていて、一つだけ違う文字を選べとか。そういった具合だ。そろそろ飽きはじめ、もうやめようかなと思ったそのとき、チャッチャラ~と、バラエティ番組でよくかかる能天気な効果音がなった。ついに結果が出たらしい。画面には、

〈百点満点!神レベル!あなたはもっとも世の中に貢献できる人です!この結果をみんなにシェアしよう〉

と表示されている。

「やっぱり、あいつより高得点だ!すぐに結果をシェアして、みんなにおれの優秀さをかもさないとな」

若者はさっそく、

〈満点!どうやら神レベルとのこと(笑)〉

とコメントをつけて、その能力診断をSNSにシェアした。するとページが切り替わり、

〈シェアありがとうございます。高得点を取った〝特別〟なあなたは、こちらをクリック〉

というテキストがあらわれた。

「特別ね。ふふふ」

若者はそのリンクをタップした。すると、画面がぐにゃぐにゃと不思議な動作をはじめた。低予算なSF映画でどこかへワープするときにでもあらわれるような、陳腐にもほどがあるエフェクト。それにも関わらず、ばかばかしいそのアニメーションを、若者はまじめにみつめていた。もはや彼の心は、なにかでかいことをやってやるという、変なやる気に満ちていた。

気がつくと、大企業や研究所のような信頼できる雰囲気のページがたちあがっていた。一番上には、自分のやりたいことにむかって輝いていそうな笑顔の人々の写真が掲載され、その下には、誠実な印象の文字で

〈ようこそ、潜在能力研究所へ。あなたは特別な選ばれた人です。だれもが幸せにくらす、すばらしい世界には、あなたの協力が必要です〉

と表示されていた。

〈潜在能力研究所は政府に認定された機関です。この能力診断テストは、ある役割を担う人を選抜するために開発されました。このテストで満点をとった、あなたのような人を私たちは求めています。すばらしい世の中を作るため、あなたの協力が必要です。次回開催される特別な催しに、あなたは招待されました。ぜひ、ご参加ください〉

説明文を読み終わる頃、スマホにメッセージが届いた。研究所からだ。メッセージには、催しの集合場所とその日時が記載されていた。へんてこな模様の画像も添付されている。

集合場所は、だれもが知る大都市の一等地、しかも、その地域で一番高いビルが完成したと最近話題になっている高層ビルの最上階である。

「今話題の有名な場所じゃないか。ばかげた占いサイトかと思っていたが、政府に認定もされているようだし、まっとうな診断を提供している機関なのだろう。やはり、おれの能力のすごさを理解できるのは、こういうすごい場所で働く、すぐれた人たちだけなのだな。これまで、親や先生や上司、さらにはおれよりも、よっぽどできのわるい同級生や同僚にも、だめだしばかりされてきたが、あいつらの目がふし穴だったことが、ついに証明されたな」

若者は、ほこらしい気分で、にんまりした。

催しの日程は、明日。明日は平日。あたりまえだが、出勤しなければならない。しかし、若者は少しも迷わなかった。今の職場では、新しい学びも気づきもない。あんな環境では、おれの能力を最大限に発揮できやしない。つまらない会社にでむいても、時間をむだにするだけだ。これは自分のやりたいことをやるチャンスなのだ。ここでおれを認めてくれた人たちのオファーに応えないのは、失礼というものだろう。

次の日の朝、若者は高層ビルの前にいた。空は曇天模様だが、心は晴れ晴れとしている。ビルを見上げる。最上階は雲がかかっていて、もはや見えない。若者は、あまりの高さに圧倒された。

エントランスに入ると、だれもいない。広いロビーは、しーんとしている。床や壁は大理石かなにかだろうか。おごそかな雰囲気である。歩くと自分の足音だけが重みをもった音でひびく。いよいよだと、胸が高鳴る。反面、どこか不安でもあった。

ずいぶんと向こうに、金色のとびらがみえる。エレベーターのようだ。近づいてみたが、階数をしめすボタンの類はない。ただ、横に黒い箱型の装置があった。若者がその箱をのぞきこむと、ポーンと音がした。

「認証されませんでした。招待コードをかざしてください」

黒い箱が、よくようのない声で指示した。若者は、招待メールに不思議な模様の画像データが添付されていたことを思いだした。あれが招待コードかもしれない。スマホ画面にその模様を表示させ、箱にかざした。

「認証されました。最上階までご案内します」

とびらが開き、若者はエレベーターにのりこんだ。内部をみわたす。やはり階数表示やらボタンやらは、みあたらない。とびらが閉まる。ただの四角い空間。すうっと、内臓が浮くのを感じた。動き出したようだ。しかし、なかなか最上階につかない。最上階は、雲に隠れて見えないほどの高さだ。到着までには、まだしばらく時間がかかるのかもしれない。ところでこのビルには、最上階以外のフロアはないのだろうか。一階と最上階以外は、どうなっているのだろう。空洞なのだろうか。若者がそんなことを考えていると、ちんっと、ベルがなった。最上階に着いたようだ。

自動的にエレベーターのとびらがひらく。そこは病院のような、役所のような、事務的な雰囲気のいたって平凡な受付ロビーだった。そして正面には、そこそこきれいな、しかしやはり事務的な雰囲気のおねえさんが笑顔でたっている。

「えっと、能力診断の特別な招待ってのはここで……」

「はい。本日は、当研究センターにおこしいただきありがとうございます。人類を代表してお礼を申し上げます」

事務的な笑顔のまま、おねえさんは答える。

「ああ、どうも……ところで、ぼくはどうしたら……」

若者はこの状況に困惑し、質問しようとした。しかし、受付のおねえさんは、若者の話もきかずに早口でまくしたてた。

「近年、戦争や殺人など野蛮な行為がへり、医療技術の進歩もあわさって、人類は平和で健康的にくらせるようになりました」

たしかに、最近は悲しいニュースをみかけない。とてもいいことだ。日々悩んだりすることはあるにせよ、こんな平和な時代に生まれてよかったと若者は思っていた。

「しかし、そんな平和な世の中になった一方で、人口は爆発的に増えています。全ての人々が幸せにくらすとなると、現状の地球では、てぜまになってきました。世界中の知を結集して、他の星への移住やらなにやら、さまざまな案を検討しましたが、いっこうにその解決策は見出せていません。そこで、この度、この増えすぎた人口による問題を解決するために、画期的なある制度が世界で承認されました。それにもとづいて開発されたのが、この能力診断テストなのです」

「なるほど、そのプロジェクトに、ぼくの能力がいかされるというわけですね」

若者は目を輝かせた。おねえさんは、若者を無視してつづける。

「この診断テストは、なにを根拠にしているかもわからない怪しいテストに、人生の貴重な時間をついやし、個人情報をもらし、そして内容の真偽も確かめず、その適当な診断結果まで簡単にうのみにし、優越感をくすぐられれば、ほいほいとその記事を拡散、さらには当センターにまで大事な仕事をほうってやってくるという、抜群の思いあがりと、あらぬ方向につっぱしる謎の行動力をもつ、このプロジェクトに最適な人物を発見するためのものです。私たちには、あなたのような人の協力が必要なのです」

若者は、全然ほめられてないような気がして、不愉快になった。その瞬間。

「このたびは、人口削減間引きプロジェクトへご参加いただき、本当にありがとうございました。あなた以外のその他大勢の人々のため、さっそく人口を減らさせていただきます。来世でお会いできたら幸いです。それでは、さようなら!」

受付の女性は、そう笑顔であいさつすると、なにかのボタンをおした。

とたんに若者が立っていたあたりの床が、ぱかっとひらく。

「!……」

若者は何か言いかけたが、声を発する間もなく、深い闇の地の底へと吸い込まれていった。

数週間後──

「あいつ最近、全然投稿しなくなったけど、どうしたんだろう。いつもうざい記事をシェアしてたよな」

「そういえば、そうね。ろくに仕事もできないのに、えらそうなコメントをつけて、もっともらしい記事をよくシェアしてたわね。あたりさわりないように、いいねだけはしておいたけれど、正直、興味なかったし。すごく仲がいいわけでもないし。まあ、いなくなったところで、どうでもいいって感じ」

「それもそうだな」

近頃、町中ではよくそんな会話を耳にする。そして、さらにはこんな会話も。

「ところで、最近みんながシェアしてる能力診断やった?」

「なにそれ、忙しくて見てなかった」

「いや、おれ、満点で神とかってでてさ。今度、特別に招待とかって……」

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