鋼の心

エピソード文字数 3,908文字

 黒の刃が鉛色の兵装を切り裂く。だが、手応えは浅い。

「まだだッ!」
「舐めるな、実験体が!」

 翻した刃の追撃に虚空蔵は魔術弾を直撃させる。だが、黒狗の刀はそれに揺るぐことなく真っ直ぐに振り抜かれる。
 今度の手応えは深く、虚空蔵の足を大きく切り裂く。だが、踏み込み過ぎた結果として黒狗も散弾を喰らう。
 弾けるように距離をとり、一瞬奇妙な間が空く。兵装を大きく切り裂かれた虚空蔵が足から血を流しながら身体を揺らす。どうやら笑っているらしかった。

「なるほど……我が成果ながら、Sシリーズを甘く見すぎていたようだ。認めよう。お前は強い。Sナンバー、まさにシングルでこの場を制圧できるほどにな。Tシリーズを使ったとはいえ、そこにW・044たちも加わっていたのでは勝ち目はなかったというわけだ。全く、逃げ出した個体が悉く優秀だったとは。私の見通しが甘かったな」
「ならば大人しく捕縛されるんだな」
「まさか。馬鹿を言うな。全ての結果は失敗があればこそだ。一つ二つのしくじりで諦めていたのではなにも成せん。今日の反省を元にして、次に結果を出せばいい!」

 そう言った瞬間、シロガネの背筋がぞくりと震える。その原因である魔術探査の結果が自分に緋牡丹の砲口の全てが向けられているという警告を鳴らす。
 躊躇する間もあればこそ、両手を離して回避行動を取ろうとした瞬間に熱線が降り注ぐ。

「くああッ!」

 同じように自らの熱線に身をさらした緋牡丹は悲鳴も上げず、自由になった身体で虚空蔵の前へと移動する。

「それではな、S・025。今日の所はお前らを諦めるとしよう。だが、次こそは貴様らを手に入れてみせる」
「待てッ!」

 新道がワイヤーを切断し、戦域から離脱する。
 同時に緋牡丹から緋色の魔力が漏れ始める。探査するまでもない、目に見えるほどの魔力の暴走だ。それが行き着くところは一つ、先の遭遇でも使われた魔力の爆発である。
 だが、以前の爆発とは比べものにならない魔力はその威力すら想像だにできない。
 今すぐ退避行動を取るべき所である状況で、黒狗は緋牡丹に向かって手を伸ばす。
 お前らを諦める、と新道は言った。お前らとは、自分と、燐と、蓮と、すずめだ。でなければ置き去りにはしない。
 手を伸ばしてなんになるのか。この魔力の暴走を止められるのか。そんなことは分からない。ただ手を伸ばす。
 すずめの目の前から逃げるなんてもう二度としたくない。
 すずめを。ただすずめだけを。それだけの思いで抱きつくように手を伸ばす。
 だが――
 緋牡丹は伸ばしてきた手をあっさりと打ち払い、浮遊体が黒狗と白騎士を取り囲む。

「すずめッ!」

 視界も、音も、全てが緋色に染まる。







 自分がどうなっていたのか。激しく揺さぶられた意識が鮮明になるまで、現状を把握することすらままならない。
 横たわった視界に破壊された和菓子屋らしき建物、その隣にある住居、そして戦車の残骸が映る。

「ッ! すずめッ!」

 皮肉にも出番を終えた兵器を見てようやく思い出す。いつの間にか兵装が解けていることも気にせずに立ち上がる。酷使された全身が抗議のように軋んで悲鳴を上げるが、意に介している暇はない。
 その先には同じく兵装の解けたシロガネ、燐、蓮がいた。皆、なぜか地面を見て俯いている。その先になにがあるのか、不吉な予感が背すじにまとわりつく。
 行かなければ、と足を踏み出す。だが、意志に反してその歩みは遅々たるものにしかならない。
 まるでそこで待っているなにかを拒否するかのように。
 ゆっくり、ゆっくりと近付く。シロガネがこちらに気付き、しかしなにも言わずに視線を戻す。燐と蓮は視線を動かすことすらしない。
 歩数にして十歩。たったそれだけの距離がまるで万里であるかのように遠い。
 それでも歩き続けばいつかは辿り着く。

「あ……ああ……」

 そこにいたのは自爆によってぼろぼろになった赤銅すずめの姿だ。
 美しい顔も、白磁のような肌も、密かに綺麗だと思っていた黒髪も、見るも無残に汚れ、千切れ、傷ついている。

「すずめ……すずめッ!」

 跪いて手を取る。夢にまで見た幼馴染みの手はしかし力なく垂れ下がっている。
 だが――

「吹雪……?」

 呼び掛けにか刺激にか、すずめがうっすらと目を開ける。だが、その焦点は吹雪に向いておらず、天を見つめている。

「すずめ! そうだよ、俺だ! 吹雪だ!」
「吹雪……よかった、無事だったのね……」
「ああ……ああ。お前のお陰だよ」

 すずめの呟きに見えていないと分かっていても何度も頷く。
 あの時、自爆の直前に手を振り払った緋牡丹は黒狗と白騎士の周りに浮遊体を立方的に配置して熱線による防壁を作り、それが戦場を覆うほどの爆発から二人を守った。
 明らかにそれはすずめの意志だ。

「私ね……自我を奪われていてもずっと意識はあったのよ。だから、いつかあいつの目論見を潰してやろうと……ふふ、私の座右の銘、覚えている?」
「ああ……決して折れない鋼の心を。だろ?」
「そうよ……だからここで一発かましてやったわ……あいつ……涼しい顔をしてるふりしてきっと焦ってるわよ……ふふっ……」

 アーバン・レジェンドに一人取り残され、過酷な目に遭っていてもすずめは諦めていなかった。
 そして、意志を貫徹した。決して折れることのなかった鋼の心で。
 それを理解して吹雪の顔が歪む。

「話したいこと……いっぱいあるけど、喋りきれないわ。今なら、リンクが繋がる……」

 すずめの肌に紋様が浮かび上がり、吹雪もそれを受け入れる。

「あ……あ……すずめ、お前、こんなにも」

 術式を起動した瞬間、すずめの全てが流れ込んでくる。アーバン・レジェンドで自我を奪われても決して諦めていなかったこと、いつか吹雪たちと再会できると諦めていなかったこと、そのためなら、全てに耐えられたこと。
 辛く、苦しく、哀しく、虚ろな日々。それでも耐えられたのは、決して折れない鋼の心を持っていたから。
 それが吹雪に全て伝わってくる。
 吹雪も自分のこれまでをすずめに伝える。士官学校での日々、任官してからの闘い、何度も連兵を喪ったこと、悩み続けたこと、今の連兵、シロガネ・グリューネヴァルトという女性と出会ってここまで来られたこと。
 一日足りとてすずめ想わなかった日はなかったこと。
 別れてからの八年間全てを交換しあう。自身に流れてくる吹雪の生き様にすずめが笑いを漏らす。

「ふふ……ちゃんと吹雪らしく生きていたみたいね。本当に不器用で、可愛い……燐も蓮も、相変わらずね」
「そうよそうよ、私たちは変わらないわ」
「君が変わらなかったようにね、すずめ」

 見えていなくとも二人は笑う。その笑顔が届かないことに、双子の眼から一筋の涙がこぼれ落ちる。

「シロガネさんは……ここにいる?」

 呼ばれて、なぜか一瞬躊躇してしまう。だが、頷いて一歩踏み出す。

「ええ、ここにいるわ」
「あなたとも、リンクを繋ぎたい。よければ、手を取って」

 無言のまま両手で手を取る。瞬間、すずめの労りが流れ込んできた。自分たちの事情に巻き込んでしまったことへの詫び、自身と戦わせてしまった負い目、そして吹雪を導いてくれたことへの感謝。
 それら全てにシロガネも生真面目に反応を返す。なんでもない、自分の思うように振る舞っただけだと。あなたを助けたかっただけだと。

「死なず、生きて、助け合う……素敵な言葉ね……」
「あなたの言葉だって素敵なものだ。それがあったからこそ黑金大尉はここまで来られた」

 吹雪から伝わってきた通りの反応にすずめから稚気じみた笑いが返ってくる。だが、もはやその感情すら弱々しい。

「……本当は吹雪と一緒に生きていたかったけど、無理みたい。うん、でもシロガネさんがいるなら、大丈夫ね」
「そんな……そんなこと言わないでくれ。すずめ、駄目だ。これからもずっと一緒にいよう。俺はずっと一緒にいたいんだ!」

 吹雪の懇願にごめんねという感情が返ってくる。誰の眼から見ても赤銅すずめが致命傷を負っていることは明らかだ。だが、吹雪はそうすればその未来が避けられるかとでもいうように何度も何度も首を振り、強く手を握る。

「相変わらず、わがままね……でも、嬉しい」

 口から血がこぼれる。それが命の流出かというようにすずめの全身から力が脱ける。

「すずめッ! すずめッ! 嫌だ、嫌だよ! すずめッ!」

 何度も名前を呼ぶ。それに返事はない。ただ、リンクを通じて感情だけが伝わってくる。
 決して折れない鋼の心を。それを持つようにと。
 頷き、感情を返す。もちろんだと。一生それを抱いて生きていくと。
 だから一緒にいて欲しいと。死なないでと。
 それを理解したのか、次はただただ単純な感情が伝わってきた。
 愛してる。
 愛してる。
 私は吹雪を愛している。
 飾ることのない感情に吹雪の両眼から涙がこぼれ落ちる。頬を伝い落ちた雫はすずめの目尻へと溜まり、彼女の涙であるかのように流れる。
 愛してる。
 愛してる。
 ずっと。
 それだけが伝わってくる。
 そうして、最後の瞬間――
 じゃあね、吹雪。ばいばい。
 力なく握っていた腕が垂れ下がる。

「あ、ああああああああああああああああッ!」

 吹雪の慟哭が戦場跡に響く。
 こうして、赤銅すずめは死んだ。
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