第1話

文字数 573文字

       詩

 幸福の記憶 
 
幼い日の穏やかな 幸せの記憶 それは なだらかな山にかかる虹の様に消えて行く
同い年の 向かいの女の子と 羽子板で羽を突いたお正月の ある日の一コマ
白い息が 大気にゆらめいていた
近所の子供達を相手に駄菓子を売るおばあさんの 店先につるされたおいばねに目をやれば
つきあたりの広い車道を 市電が過行く
古都を南北に流れる川の 行く水に反物をさらしていた人々の
今にも途切れそうな私の記憶の中に かろうじて残るその姿
型染めの名匠を育てたその川の 辺にある私の町 大きな路地に細い小路がからみあい
しっかい 糊置き 手描き友禅をする人々の住まう町は 繰り返す四季とともに移り行く

並ぶ大きなガラス瓶 中にある色とりどりの飴 こうばしい かきもちと塩せんべい
淡い色の金平糖 一つ一円の駄菓子を選んで 五つか十買って帰る
そのささやかなおばあさんの店も やがて閉ざされて跡形もなく消え
背の高い建物に変わった 鶏のいた畑にも家が建ち 土の道にはアスファルトがしかれ
干からびた川も車道に姿をかえた

若い夫婦は遠い土地へと移る 背を丸めて縫物をするおばあさんをのこして
老夫婦も又 息子や孫たちと離れて 遠くで暮らすことにした
けれども私にとって もっとも幸せな町の景色は 古い時代の尾をひいて日々を送る
おじいさん おばあさんのいた あの時の記憶だけ
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み