第2話

文字数 1,066文字

      詩

 国を受け継ぐ人々

思えば祖父母は本当の日本人だったけれど 多分私は違うのだろう
たとえ このからだに遠い昔の 祖父母と同じ血が流れているとしても
少し前まで古老達から 王城の地と呼ばれた古都に生を受けていても
大きな戦いの後に生まれた私達は 戦争を知らない子供達といわれ
特別な存在の様に感じて いい気になっていた
過去の人々の過ちからは逃れていて ただ生きているだけで尊いのだと
そんなふうに思ったりもした
祖父母が生まれたのは明治時代で 私が産み落とされたのは
異国の武器と思想によって古い国が滅ぼされた後の 昭和の半ば
その時 父なる国は消滅しており 母なる土地は凌辱されていた

祖父は幼い頃に父を亡くし 大店へ奉公に出された
祖母は家業を手伝い 娘時代から機織りをしていた
今も私の心の片隅にかろうじて残るのは 
祖父母から聞かされた 古くから伝わる話 英雄や義民や 賢人達の物語
でも教師達から感じたのは それらに対する冷笑だった
小学校に入って数年の後、先生が言った
「江戸幕府は 人民の力によって滅ぼされたのです」
彼女は 私の祖父母や父母達と同じ時代に生きた人であったけれど
私には彼女から一つの時代の死 自身が生まれた帝国の死に対する悲しみを
読み取る事は出来なかった 
私達を導く立場である彼女からは 異国によって 異民族によって真実を知らされたという喜びと
優越感の様なものさえ感じられた
彼女は 祖父母達が語る多くの物語を 私達から断ち切った
処刑された将軍達が私達に残した遺言も伝えなかった
私達は祖先と昔の偉人達を裏切った

その指で五つだまの算盤を 巧みにはじく祖父の その技は私にはない
おさを鳴らして機を織り 布を断って袷を縫い 
編み針をきように動かしてセーターやマフラーをしあげる 
そんな祖母の日常を 私は受け継いでいない
たとえ祖父母よりも長く教育を受けて 平和だとか自由だとかを聞かされていても
身分に上下があり 不自由な環境の中であったとしても 今 私はしみじみ思う
祖父母は 本当の人間の暮らしを積み重ねていたのだと
豊かな時も貧しい時も 所帯をきりもりしてきたがゆえに
一年の終わりの月の寒い朝に まきで火をおこし 餅米を蒸し しら蒸しを仏壇に供える
つく杵とうすどりを繰り返して ゆげのたつ餅にしあげて神にささげる
夏の祭りの暑い日は 行燈と提灯に火を入れて家の表にかかげれば 
川の辺 大通りの柳の並木を歩む娘らの浴衣のたもとは風をはらみ膨らむ
今 色彩もなく色あせた祖父母の写真をみつつ私は思う
二人は本当の 国を受け継ぐ人々であったのだと



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