リンドム編(1)

エピソード文字数 2,826文字

夜明け前とも、夕暮れともつかぬ空である。

月は満月。時折朧の雲を漂わせ、庵よりちょうど良く見える位置に変わらず浮かんでいる。空の色は滴るように濃い青で、紫とも言えなくもない。これが朝ならば色薄くなり、夕ならば濃さを増して行くのだろうが、どちらになるかは庵の主次第だ。

まがい物の空である。庵のそばで揺れる紅の萩も、それを揺らす風も。

主は最前から侍女を傍に盃を愉しんでいる。尤も、彼の右手に盃がない時はないように思える。

「そのクダは、私よりも貴方に懐いておるようだな」

主は、庭先で一匹の子狐をじゃらしている男に線の細い声でそう言った。芒の穂で子狐をじゃらしているのは、生前、山田五朗という名であった男『悪魔』である。

子狐というのも実はクダギツネ、もののけの類だ。

「親子でもねーのに、キツネが狐飼っても面白くねーだろ? ちょうど俺も、話し相手が欲しかったんだ」

「そのクダは話し相手にはならん。ただ、成長すれば良いお供になる」

「そうかい。じゃ、もらって行くぜ。どうせクダギツネだの式神だの、自在に侍らせてんだろ?」

「ふ、まあ良かろう。その子も貴方に飼われるが星の導きであろうて」

「また星かい。おめぇは二言目には星の導きだなキツネよ」

「左様。全ては、星の導きよ」

笑って主は、盃を傾けた。






ネピオルネスから南西の方向へ。ナギ達は今回の目的地、リンドムに着いた。リンドムからさらに南へ海を越えれば、ジオラモである。
ナギがネピオルネスを目指した時は、ひたすら海の上を行った。だからリンドムは通らなかったが、それでも、海の向こうに暗く澱んだ国があるのは見えていた。それが、リンドムだったのだ。

闇をまとった国。

もちろん、はじめからそんな国ではなかった。リンドムには火山があり、灰が降り積もる、火山灰の国ではあったのだが。

そのリンドムが闇に閉ざされたのは、つい最近のことだ。
巨大な月のような物体が、リンドムの空を闇で覆ってしまった。

それはどんどん大きくなっている。はじめ、リンドム中心を閉ざしていた浮遊体は、闇を吐き出してリンドム全域を覆い、今や周辺海域すら暗く澱ませている。

もちろん、それは月ではない。
突然リンドム上空に現れた、凶陰の月だ。

リンドムを闇に閉ざしている浮遊体の正体を探ってほしい。そしてできれば、リンドムの青空を取り戻してほしい……それが今回の、ノートンからの依頼である。

リンドムを目指しながら、ナギはチャルターの言葉を思い出す。

……これは、カンでしかないけど、ルナちゃんはリンドムに行った気がする。ルナちゃんとあの浮遊体は何かしらの関係がある。

ルナとは、「月 」という意味だ。

「あれは確か2年くらい前だと思う。ゲオ博士ら一行が地質調査に出かけた先で、地滑りに遭ったんだ。けが人をかばいながら迷い込んだ森で、博士はルナちゃんと出会ってね、ルナちゃんはその場でけが人を治してしまったらしい。不思議な力を持つ彼女を、ゲオ博士は連れ帰り育てることにしたんだ。かんこう令を敷いてね。彼女の力がよけいな連中に知られて、差別や迫害を受けたりしないようにさ」

チャルターはゲオ博士がルナに出会った経緯を、そう簡単に説明してくれたのだった。

「ゲオ博士はルナちゃんを本当の娘のように大事にしてたんだ。だから、もしリンドムでルナちゃんに会えたら、彼女を助けてやってくれ」

そう言ってチャルターとノートンは、ティマとアミィを伴って、ナギ達と別れた。彼らにはネピオルネスでの出来事を多くの国民に伝えるという仕事がある。


車は既にリンドム入り口に近づいている。空は既に暗黒に等しく、行く手には闇ばかりが這い回っている。

闇を照らし抜く一点のライト。入国門だ。門の前には、眠そうな番兵がだるそうに腰かけていた。

「旅人さんかね? こんな真っ暗な国に? いやいや、どうぞ。特に入国審査はありませんや。物好きな、あいや、貴重な旅人さん。どうぞお好きにお過ごしください。もう多くの国民が逃げ出してしまって、街はもぬけの殻ですよ? それでもよろしければ。真っ暗になる前は温泉もあって、旅人さんもけっこう来てたんですがね。あなた方が本当に久々のお客さんですわ」

番兵はひやかすようにそう言いながら、大きな門を開いた。

闇。ナギ達は、想像以上の闇に息を詰まらせた。
死んだ街。人の息遣いが消え、風がのさばっている。点る灯はまばらで、街自体が死霊にとり殺されたようだ。

時折する物音は、置き去りにされたのか、野良猫の立てる音で、その猫の髭先まで、ふるふると怯えきっていた。

ナギ達はあらためて空を見上げる。月も星もない闇空。
否。月はあるのだ。偽の月が。その月が、空を覆い闇を作り出しているのだ。

人の絶えた街は不気味である。建物がまるで墓標に感じられてしまう。ナギはトリメタを、コアインシストに汚染された街を思い出した。だが今はそれよりも怖い。闇が支配しているからだ。

トリメタを思い出して、ふとナギはここまでの道のりを思う。はじめ、グラディに守られ、ランスに守られてウルブスを出たナギは、サルタスの森でリンに出会い、そして最初に訪れたのがトリメタだった。

トリメタを出てフロムビャーネでアイスドラゴンと戦い、ハティナモンでローズゴーレムと戦い、ジオラモでのフレイムライオンとの戦いでリンを失った。
そしてネピオルネスでのソードスカルとの戦い。グラディとランスが戻って来てくれたのに、ルナが行方不明となってしまった。

こんな旅をするなんて思ってなかった。自分はただの、スコラの学生だったはずだ。

「ナギ。あそこに灯りが見える」

グラディの言葉で我にかえった。前方。窓のいくつかに灯りの点る建物がある。

「あ、あれ。びょ、病院ぽくないかな?」

ランスがそう言う。グラディが頷く。

「うん。きっと病院だ」

ノートンは、リンドムの中央にある病院にベリテートの仲間がいるから、彼を訪ねろと言った。目的の病院は、目の前のそれに違いない。

車を停めて病院に入る。大多数の国民が脱出してしまったとはいえ、病院や警察はさすがにまだ機能しているんだろう。

しかし、その病院も正常ではなかった。
廊下、各室とも、非常灯以外の灯りは消えて荒れ果てていた。床にはカルテと思しき紙が散乱し、薬瓶も転がっている。闇なのに白っぽいのは、火山灰のせいだ。

「上の階に灯りが点いてたよね?」

グラディが言う。確かにそう見えた。三人は階段を探し、2階に上がった。闇の中に三人の足音は幾度も幾度もエコーし、耳を澄ますと残響がすすり泣きに聞こえそうな気がして、ナギは肩を震わせた。闇を探る三人の懐中電灯の丸いぼやけた光さえ、妖しく感じてしまう。

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登場人物紹介

ナギ ……本篇主人公。16歳。失踪した兄を探すため、冒険の旅に出る。

パセム……ナギの兄。ナギを守るためにゾンビと戦い、行方不明になる。

アビス……ナギの親友。元気よく、いつもナギを励ます。パセムを慕っている。

フロス……ナギの親友。明るく好奇心旺盛で、人なつこい。

ムジカ……ナギの親友。おっとりした少女だが、天才的ピアニストでもある。

グラディ……ナギの幼なじみで、連邦一の剣士。一子相伝の雷剣の使い手。

ランス……グラディの親友で、連邦一の槍使い。口下手でどもるところがある。

エジェット……グラディの祖父で剣の師匠。

リン……黒いゴスロリの黒魔法師少女。右頰にコウモリのタトゥがある。

ピンセル……リンと一緒におり、空間の隙間を走る車を操る。喋らない。

リョータ……メルカートおじさんの家で出会った七色インコ。

ノートン……真実を伝えるベリテートのジャーナリスト。

悪魔……???

ルナ……ハティナモンで出会った不思議な女の子。回復魔法が使える。

ティマ……連邦とは海を隔てたモルニ国出身の女の子。ネピオルネスのスコラに通う。真面目でしっかり者。

アミィ……ティマの親友で、同じくモルニ国出身。活発で明るい性格だが、スコラはさぼりがちになっている。

レン……リンの姉で、数少ない白魔法師。様々な回復系魔法を使う。誰よりも優しいが、変わり者な一面もある。

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