第3話 城田と波多野

文字数 1,161文字

「ですから」
 総理の顔を張り倒したくなる衝動に耐えながら、城田は言葉を重ねた。
「これはゆゆしき事態なのです」
「なぜかね」
 総理は本気で不思議そうな顔をした。
「相手は、たかだか五千弱の騎馬隊なのだろう? そんなもの、我が国の自衛隊ならば」
「総理、失礼ながら、あなたは自衛隊を戦闘目的で街中に展開させることの意味が分かっておられない。正直に言いまして、現行法ではほぼ不可能なのです」
 波多野も総理の楽天家ぶりに頭を痛めている様子で、それが城田にとってはわずかな救いだった。
「しかし、自衛隊とは治安維持を目的とした組織だろう? こんな時に出動せず、いつ出動するというのだ」
「ただの治安維持、つまり一般警察力を補う、という意味でならその通りなのですが、これは小規模ながら、内戦、つまりは戦争なのです。戦争に自衛隊を出動させる、というのは前代未聞のこと。そして前代未聞ということは、当然ながら前例がなく、これが法的根拠を持つかどうかも定かではないのです」
「せ、戦争?」
「戦争とは国家、もしくはそれに準ずる集団が軍事力を用いてある目的を達成しようとする行為の総称です。いま、甲府にいる組織は小規模ながら、我が国とは異なる政治体制を持つ集団であり、それが軍事力を背景に、我が国の支配権の奪取を狙っている。これを戦争と規定せず、なんと規定するのですか」
「テロ組織に認定するわけにはいかないのかね」
「相手が五千人弱の騎馬隊だけなら、そうすることもできたでしょうが、いまや甲府市、いや、山梨県民の三割は、この武田信玄を支持しております」
 城田の言葉に、ようやく総理の表情に衝撃が走る。
「さ、三割だと?」
「山梨県民にとって武田信玄は英雄ですからな。面白半分の人間もいるでしょうが、大体それぐらいの人間が、この男を好意的に見ている、というのが公安からの報告です。現に、甲府市から避難した市民は、一割にも届きません。九割以上の市民が、まだ市に残り、普通に生活を続けているのです。通常のテロならば、とても考えられません」
「もし、自衛隊を戦闘目的で市街に展開し、一人でも市民に被害が出ればどうなります?」
 波多野も辛抱強く言葉を重ねた。
「間違いなく、与党は次の選挙で大敗。次の総理の椅子には野党第一党の党首がふんぞり返って座ることになります」
 総理の顔が青ざめる。ようやく、事の重大さを悟ったらしい。
「ど、どうすればいいのかね」
「相手は対話に応じる姿勢を見せていません。何度か呼びかけてみましたが、我が夢の前に立ちふさがる者は、騎馬隊で殲滅するのみ、の一点張りです。だとするならば、手は一つしかありません」
 波多野が重い口調で言った。
「暗殺です。狙撃によって、この武田信玄を名乗る男を暗殺する。古来より、頭を失った戦闘集団は瓦解するのが通例ですからな」
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