夏の告発

文字数 1,998文字

 祖母が死んだ時、かわいがってくれたから、僕も悲しかった。そして葬儀が行われた。
 僕はまだ幼稚園児だったし、あの場で、なぜあんなことをしたのか、自分でもよく覚えていない。
 田舎には、まだ土葬の習慣が残っていた。遺体は焼かず、棺に納めて、そのまま土に埋める。
 祖母の棺にフタをする直前、大人たちの目を盗んで、僕はそっと入れたのだ。祖母の胸、ちょうど心臓の真上あたりだ。
 今から考えれば、あれはメスだったんだろうね。卵を生んだのだから。
 祖母の死には、ある疑問があった。病弱とはいえ、特に体調が悪かったわけでもないのに、ある朝起きると死んでいた。
 すぐに医者が呼ばれたが、その見立てでは、前夜に薬を間違えて、多く服用したことによる中毒死ということだった。祖母には持病があり、その薬を一回に一錠服用すべきところを、2錠飲んだらしい。
 この診断には、家中の者が疑問を持った。祖母はもう10年以上も同じ薬を飲んでいた。それがある日、突然間違えるなんて、ありえるだろうか。
 口には出さなかったが、これは殺人だ、とみんな疑った。
 町子叔母というのがおり、亭主と一緒に商売をしていたが、「それが、この頃は左前らしい…」と噂が流れていた。
 町子叔母の店は本当にやばく、今すぐ資金を調達しないと破産する、という状態だった。そこへタイミングよく祖母が死んだ。町子叔母にもかなりの遺産が転がり込んだ。
 普段はろくに顔も見せないくせに、死ぬ前日にはなぜか町子叔母が祖母の部屋を訪れた、という事実もあった。
 祖母の薬は、誰でも手の届く場所に保管されていた。甘い物が好きな祖母に手渡す饅頭の中にあらかじめ一錠忍ばせておくのは、難しいトリックではない。
 だが疑いは疑いに過ぎない。証拠はなく、『死因は、薬の誤飲による事故』と警察も結論付けた。
 祖母の葬儀は、そういう中で行われたのだ。
 その後、町子叔母の店は盛り返し、順調に発展し、大きくなった。
 そして7年がたった。あの時も暑い夏で、盆が来て、親戚たちが墓地に集った。その中には、僕と町子叔母もいた。
 祖母の墓のまわりに集まり、坊さんもきて、読経が始まった。七回忌だから、大がかりな法要だ。真上から照りつける日差しの中に、坊さんの声が響く。
 だがそこへ、突然別の声が混じったとき、あんまり驚いて、みんな文字通り飛び上がったのだ。
 セミだった。
 セミの鳴き声。
 でも木の上から聞こえたんじゃない。土の中、なんと祖母の墓の下からなんだ。
 暑い中なのに体中の汗が一瞬で引き、青ざめた表情で、全員が顔を見合わせた。坊さんでさえ、一言も発することができなかった。
 そこへ参列者の一人が、大きな叫び声をあげたんだ。
「お母さんが呼んでいる! 私のことを怒っているんだわ」
 叫んだのは町子叔母だった。数珠を投げ捨て、町子叔母は墓石に駆け寄った。
 高価な絹の喪服に身を包んだ、いかにも上品そうな婦人だ。墓石に飛びかかるなど、最もやりそうもないタイプだ。僕たちは呆然とし、体を動かすことさえできなかった。
 ついに叔父たちが動き、取り押さえようとしたが、町子叔母はそれを振り切り、再び墓石にしがみついた。
 火事場の馬鹿力で、あのか細い女が、一人で墓石を引き倒したんだ。横倒しになり、石は大きな音を立てた。
 その次には体を投げ出し、町子叔母は地面を掘り返し始めた。叔父たちが再び止めようとしたが、町子叔母はこれも振りほどいた。
 その後は、もう誰も止めなかった。町子叔母は、それほどものすごい形相だったんだ。あんな人間の表情は、見たこともない。
 土が取りのけられ、ついに祖母の棺が姿を見せた。町子叔母の指先は血だらけだが、痛みなど感じず、棺のフタを引きはがした。
 しっかりクギ付けされた物だが、7年もたっている。べりべりと音がし、フタは簡単にはぎ取られ、棺の中身が白日にさらされた。
 ここまできて、やっと叔父たちも、町子叔母を取り押さえることに成功したんだ。すぐに医者が呼ばれ、町子叔母には鎮静剤が与えられた。
 棺のフタが取りのけられた瞬間のことは、僕は今でも、はっきりと覚えている。
 棺の中からは、黒い塊が何十もいっせいに飛び立ち、バサバサと大きな羽音がして、まるで鳥の群れのようだったが、その一匹一匹がアブラゼミの声を出しているのだ。
 生まれて初めて浴びる太陽の光に戸惑っていたが、墓場のまわりを囲む木々にそれぞれ居場所を見つけ、セミたちはさらに大きな声で鳴いた。
 だから言ったろう? 僕が祖母の棺に入れたのはメスだったのだ。
 そのメスは、棺の中で卵を生み、かえった幼虫は、祖母の体から栄養を吸い…
 町子叔母は、どうなったかって?
 殺人の時効は15年だからね。7年では不足だ。
 殺人罪が確定して、今でも服役している。
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