15.【 がんばれ、みっちゃ~ん♪ 】

文字数 3,392文字

お正月も終わり、節分ともなると京都では様々な行事が行われる。
節分祭で有名なところは、東山の吉田神社や祇園の八坂神社、北野天満宮や壬生寺など有名な神社仏閣でこれでもかという位にいろんなものが振舞われる。
寒い季節の甘酒も美味しいが、ばらまかれる豆やお餅を一生懸命に拾い集めるのもまた楽しい。
役を払い、旧暦の新年を迎えるために、多くの京都人がお参りをする。
最近では全国的な行事(?)になりつつある『恵方巻』も、具材は各家庭によって様々だ。
また、大学がかなりたくさんあるため、京都中のホテルは受験生たちで溢れかえっていた。
底冷えのする曇り空の京都をてくてくと歩き、開かれた大学の門をくぐる。
普段は賑やかな校舎が厳粛な雰囲気に包まれ、お守りをカバンに忍ばせた学生たちが真剣な顔で問題を解く。
そう、学業成就のご利益がある北野天満宮などのお守りを求めて、受験の前に学生や親御さんたちが願をかけにやって来るのだ。

そんな神社の前には老舗の団子屋さんなどがあったりする。
上賀茂神社では『葵屋やきもち総本舗』と『新馬堂』の焼き餅。
下鴨神社は『みたらし本舗』のみたらし団子。
聖護院では『井筒』や『西尾』、『聖護院』などの八つ橋のお店。
そして今宮神社では『一和』と『かざりや』のあぶり餅だ。
このあぶり餅、通りを挟んで向かい側に2件のお店があり、そのどちらも元祖、本家と争っていたりする。
細い竹串に刺したお餅に黄な粉を振りかけ、炭火で焼いた後に白みそのタレをかけて味わうのだが、香ばしさと甘塩っぱい白みその旨味がたまらない。
一人前で13本とボリュームも満点だ。
観光客からすれば美味しければどちらが本家でもいいのだが、お店からするとそこは譲れないらしい。
嫌がらせをするわけではなく、いい意味での競い合いといった感じなので、微笑ましい意地だったりするのだが、裁判沙汰にまでなるケースも存在する。
それが先日行われた『八つ橋裁判』だ。
八つ橋で有名な『聖護院八ッ橋』と『井筒八ッ橋』。
聖護院八ッ橋が創業年を元禄2年(1689年)と喧伝するのは正当な根拠がないとしてライバルである『井筒八ッ橋』が訴えたものである。
訴えた井筒八ツ橋の創業は文化2年(1805年)というから、実に100年以上の差があることになる。
当時から生きている人などいるはずもないし、機械の導入等により当時とは製法も違うので、消費者にとっては創業年など全く意味がない。
しかも、当時にはなかったサイダー味の八ッ橋や、竹炭で真っ黒のものなど、購買基準となるものはまさに『今の時流に合っているもの』なのだ。
しかし、井筒八ッ橋は『創業年の表示は消費者の商品選択に影響を及ぼす可能性がある』としていたが、一審・二審ともに敗訴。
京都人にとっても笑いの種にしかならない顛末だったのである。

そんな観光客のお土産も、このイベントの時には売上増進となる。
2月のイベントと言えばバレンタインに続き、マラソンも京都では重要だ。
年々、走行するコースが微妙に調整されたりしているものの、鴨川や平安神宮などの風光明媚な街を気持ちよく走ることができる。
そのコースの最北端が国際会議場のある宝ヶ池、つまりこの料金所のすぐ側だ。
一般道路が通行止めとなるため、そこにつながる出口ランプも交通の流れは悪く混雑が発生していた。
パパーッ!とクラクションを鳴らして苛立ちを表現するお客様だが、こればかりは僕達もどうすることもできない。
「はよせぇ、コラ!」とブースに怒鳴る人もいる。
そんな人にもにこやかに「京都マラソンの通行規制でして、申し訳ございません。」と壊れた機械のように繰り返すしかなかった。

すると、そこに原付バイクでペコペコペコと出口から逆走してくるおじいちゃんがいる。
「御客様!危険ですので逆走はしないでください!」
僕は慌てておじいちゃんを止めようと大声をかけた。
もちろん、原付では高速道路を走れないことになっている。
おじいちゃんはわかったわかったと言うように手をこちらに向けて降った後、バイクを降りて側道の脇に止めた。
そして後ろから何やら荷物を下ろすと、そのままてくてくと歩いて高架下が見える位置まで来てしまった。
「事務所!おじいさんがバイクで逆走してきて、側道で止まってます!」
僕は慌てて谷口さんに対応してもらおうと無線に話しかけた。
『了解っす。』
しばらくして事務所から降りてくる谷口さん。
僕はレーンのお客様の対応の合間におじいちゃんを指さし、谷口さんとアイコンタクトを取った。
谷口さんはおもむろに背中からエアガンを引き抜くと、任せろとばかりに僕に頷く。
いや、それいらんやろ。
僕は諦めにも似た気持ちでブースの天井を仰いだ。
まぁ、おじいちゃんを脅すわけでもないだろうし、放っておくしかない。

一方、おじいちゃんは高架下が見える位置でフェンスに手をついていた。
どうやら誰かを探しているようだ。
しばらくじっとマラソンの沿道を見ていたが、見つけられなかったのか小さく溜息をついた。
「おじいちゃん、どうしましたっすか?」
谷口さんが声をかける。
エアガンはおじいちゃんからは見えないように隠し持っているまま。
「あ~~~?」
間の抜けたおじいちゃんの声。
「ど・う・か・し・ま・し・た・か?!」
谷口さんは大きな声で再度声をかけた。
「あ~、近所のみっちゃんが走りよるでな。応援じゃ。」
「ここは危ないっすよ。外に出るっす!」
「あ~~~~?」
「こ・こ・は・あ・ぶ・な・い・で・す!」
「ほっほっほ。大丈夫じゃ。」
カッカッカと笑うおじいさん。
その後も谷口さんは説得を続けたが、おじいちゃんは聞く耳を持たない。
そうこうしているうちに高速パトロールの白バイやパトカーがやってきた。
一般の人からの通報を受けたのかもしれない。
制服姿の警察官たちがおじいちゃんを取り囲んだ。
しかし、おじいちゃんは一向に怯むことなく笑っている。
さらに持って来た荷物から何やら箱とペットボトルを取り出した。

え?
ちょっとまって?
おじさん、箸持ってない?
よく見ると口をもごもごして、何やら食べています。
えぇ~~~~!
お、お寿司食べてる・・・。
「谷口さん、おじいちゃん、お寿司食べてません?」
『そうなんすよ。こっちもお腹減ってきたっす。』
いやいやいや、谷口さんのお腹事情は聴いてない。
しかし、おじいちゃんもすごい度胸だ。
尚もお寿司を頬張って、時折ペットボトルのお茶で喉を潤しながら警察官と話をしていた。
しばらくして疲れたのか、座りこんで本格的にお寿司を堪能する始末。
警察官が無理やり立たせようとするが、一度立ってもすぐに座り込んでしまう。
更に応援の警察官も駆けつけ、屈強な男が6人でおじいちゃんを取り囲むという事態にまで発展した。
もちろん、パトカーが来た時点でレーンで待たされているお客さんのクレームは全て無くなっている。
おじいちゃんは何度も立たされては座り込み、最後までお寿司を食べきってペットボトルのお茶も飲み干してしまった。
そして、沿道の歓声が一段と大きくなった頃、おじいちゃんはようやく腰を上げてフェンスに掴まった。
ちょっと眺めると目当ての人を見つけたのだろう。
「みっちゃ~~~~~~ん!がんばれ~~~~~!」
物凄い大きな声で応援を始めた。
白バイの警官もこれには苦笑して、高速道路から連れ出そうとするのを諦めたようだ。
「が~~~んば~~~れ~~~~!」
おじいちゃんは嬉しそうに手を振り、みっちゃんへの声援を送り続けた。
みっちゃんもそのおじいちゃんの姿に気が付いたのだろう。
周りの警察官にギョッとして硬直したが、おじいちゃんが変わらず声援を送って来るので苦笑しながらも手を振って、恥ずかしさに身を焦がすようにそそくさと走り去っていった。
「ありがとな!すまんかったの!」
おじいちゃんは満面の笑みで警察官の人たちに頭を下げ、バイクにまたがるとペコペコペコと出口を降りて行く。
もはや谷口さんの出番は全くなかった。
というか、全く役に立たなかった。
パトカーはその後に1台を残して引き上げてゆき、渋滞がほぼ解消されたのを見届けると僕達に挨拶をして帰って行った。

京都人でも京都マラソンに参加しない人にとっては、この渋滞は傍迷惑なものである。
しかし、寒い季節のマラソンでも少し心が温まるようなこの出来事は、僕の高速道路勤務の中でも忘れられない思い出となったのである。
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