本編

文字数 1,871文字

 グランドビルは、俺の街だ。
 俺がこの土地を買い取り、荒野を開拓して一代で築き上げた、いわば俺の王国でもある。
 それがどうだ。目の前の男は、俺に国王の座を譲れと言いやがる。三十年もかけて、育てたこの街をだ。そんな申し出を受け入れられるはずがない。
 俺は、壁掛け時計に目をやった。午後三時。三度目になる交渉を開始して、二時間が経っている。

「だからですね……」

 俺の私室にあるソファに腰を下ろしたその男は、呆れた表情でそう言った。
 名は確か、トーマスと言ったか。都市整備局とやらの小役人だ。
 トーマスは、ぼうふらのような若造だった。チビで痩せている。頭には油を塗って、いかにも利口者(インテリ)を強調しているところが気に入らない。

「だからですね、じゃねぇよ、若造。俺は嫌だと言っている」
「嫌だって、ドイルさん。全ての町に行政区長と保安官を置く事は、アメリカ合衆国憲法に定めるところなのですよ」
「なら、このベン・ドイル様が行政区長であり保安官だ。この土地を二十五歳の時に買って三十年、ずっとそうだった。荒野を開拓し、野蛮な先住民から守って三十年だぞ。てめぇが淫売母(ビッチ・ママ)の股ぐらから産まれる前からだ」

 俺は唾を飛ばして、そう叫んだ。当然の如く、小役人は嫌な顔をして(かぶり)を振った。

「ならば、お金で話をつけましょう。或いは、官職がいいですか?」
「金なら金貨五十万。官職なら合衆国元帥の椅子。これ以上は譲る気はない」
冗談(ジョーク)を言う場ではないですよ、ドイルさん」
「俺も冗談(ジョーク)は言ってねぇさ」

 トーマスは溜め息を吐くと、立ち上がって帽子に手を伸ばした。どうやら帰るようだ。

「帰るのかい?」
「いえ、一時休憩です。その間に、外で待っている同僚と話し合ってきます。今日で決着をつけろと、上司に言われているので」
「決着ねぇ」

 トーマスが部屋を出ると、俺は立ち上がって戸棚からスコッチの瓶を手に取った。
 それを、そのまま煽る。喉が焼けるように強い酒だった。

「気に入らねぇ」

 俺はソファーに戻り、そう呟いた。
 何もかもが気に入らない。そう思えば思うほど、昔は良かったと思ってしまう。
 この国に、自由があった。開拓に、金脈探し。何をするにも、自由があった。夢もあった。だが今はどうだ。リンカーンの野郎が戦争を終わらせると、合衆国の再建だの何だと、何をやるのにも制限され息苦しい。
 俺は、窓の外に目をやった。
 グランドビルの街。宿屋がある。酒場がある。商店がある。病院がある。教会がある。学校だってある。全て俺が作り、無法者(ギャング)や先住民から守って来たものだ。
 それを合衆国憲法とやらが、全て奪おうとしている。相手は国なのだ。喧嘩をしても勝ち目はないだろう。だが、唯々諾々と受け入れる事など出来ない。グランドビルは、俺の王国なのだから。

(ファック)だ、リンカーン)

 あの戦争で、俺は北軍に子分を率いて参加したが、奴を〔皇帝(エンペラー)〕にする為ではなかった。



 一時間後、トーマスが一人の男を伴って再び現れた。
 歳は三十路ほどか。顎髭を綺麗に刈り込んだ、長身の男である。

(ガンマンか)

 腰の銃帯(ガンベルト)には、禍々しい拳銃が一丁収められている。

「ドイルさん、残念です」

 トーマスは、開口一番そう言った。

「何が?」
「話し合いの結果、もうドイルさんとは交渉しないという結論に至りました」
「ほう」
「これが、アメリカ合衆国の最終決定でもあります」
「それで、その男かい?」
「ええ、残念ですが」

 これからどうなるか、俺はすぐに理解出来た。何故なら、今まで俺もそうして来たからだ。
 時代は変わった。自由も夢も無くなった。しかし、この国には変わらないものが一つだけあった。それは〔欲しいものは奪え〕という、この国の伝統である。

「俺は好きだぜ、ドイルの親分」

 男がそう言った。

「だが、もう『俺が法律だ』なんて、通用する時代じゃねえのさ」
「ああ残念だ」
「まぁ、仕方ねえさ。時は流れる」
「時代の流れじゃねえよ、ガンマン。残念なのは、俺の腰に拳銃が無い事さ」

 そう言うと、男は(わら)って銃を抜いた。

「てめぇは?」
「ジェシー・クランス。西部一の早打ちったぁ、俺の事だぜ」
「言うねぇ、若造」

 銃口が俺の眉間を向いた。今まで、こうした修羅場は何度かあった。その度に金玉が縮み上がったものだが、今は不思議とどうともない。

「一代で荒野を切り拓いたあんたは、紛れもねぇ❲(おとこ)❳だよ。そして、グランドビルは、あんたの王国だ」
「そうさ。グランドビルは、このベン・ドイル様の王国だった」

 俺は、目を閉じた。
 撃鉄が起こる音。瞼の裏には、荒野だった頃のグランドビルが浮かんでいた。

〔了〕
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