#4

エピソード文字数 1,879文字

 八重に会いに行くまで、どう時間を潰そうかと陽向に言われ、
「神社と温泉に行ってみませんか」
 と晶良は提案した。
 温泉があると最初に聞いて以来、どんな泉質かワクワクしていただけに、晶良はどちらかというと温泉に行くだけでなくて入りたい気持ちでいっぱいだ。
「温泉に入りたいって思ってるんじゃない?」
 陽向に言い当てられて、晶良は苦笑する。
「わかりますか?」
 そんなに態度に出ていただろうかと、陽向に訊ねた。
「晶良ちゃん、温泉大好きじゃん。絶対、温泉入る気満々だと思った」
「じゃあ、入ってもいいですか」
 すると、陽向が渋い顔をする。
「神社に行ってみて、小学校にも行かない?」
「浅野先生ですか」
「話を聞くにはちょっと時間が足りないかもだけど……」
「それなら八重さんのところに行った帰りにしましょう」
「それでもいいよ。じゃあ、まずは神社!」
 陽向は兄より、スケジュール通りにきっちり進めたい主義のようだ。
 あれほど陽向が拝み屋の仕事に関わるのを嫌がっていた彼女の兄は、今の陽向を見てどう思うだろう。晶良は先を行く陽向を見つめた。

 萩町集落に子宝神社はあり、ちょうど八重の家の地区でもある。陽向の言うとおり、神社に行った方が効率がいい。
 想像していたよりは大きなものだった。目立ったのが、拝殿の脇にある杵と臼だ。様々な大きさのものが所狭しと並べられていて、絵馬を下げる棚にも、杵や臼の形のものがぶら下がっており、その一つ一つに切実な願いが書かれている。
 さすがに神社といえど、全国が集まる子宝への欲は祓えないようで、そこかしこに小鬼はいたが、泥蛆は見当たらない。
 手水の手前に縁起が記されてある看板があったので、それを読んでみる。
 拝殿の御座【おわ】すのは船戸神と書かれてあるが、祭神は違った。縁起にはサイヒメノミコトとクナト大神とあった。
 聞いた覚えがない神だ。
「こんな神様、日本にいたっけ?」
 陽向が首をかしげる。一応、古事記と日本書紀くらいは読んだらしいが、そんな名前は記憶に引っかからなかったようだ。
 子宝神社に双体道祖神があると聞いていたので探してみると、拝殿脇の道からそれた場所にそれはあった。
 雨風をよけるための祠もなく、墓石のようにぽつねんと鎮座している。岐家の近くにあった道祖神よりもかなり大きく、高さだけで平均的な一歳児の背丈くらいはある。全体的に緑の苔に覆われ長い年月を感じさせる。それでも彫られた夫婦神は明らかに抱き合い、寄り添い合っているのがわかる。
「本当に夫婦の神様なんだね。それにしても神様同士って結婚できるの? イザナミイザナギだけじゃないの?」
 陽向が不思議そうに口にした。
「神様同士が結婚するというのはありますよ。猿田彦と天鈿女命【あめのうずめ】なんかその代表でしょう」
「へぇ」
 感嘆しじっと道祖神を眺めていた陽向が、「あっ」と声を上げた。
「晶良ちゃん、これ」
 指さした先は、道祖神の足下だ。かすかだが、「尸」のような形が読み取れる。
「杵みたいな形だね」
「ですね」
「だから杵と臼を奉納するのかな」
 今の段階では、そうだとも言えるし、そうだと断言もできない。ただ、気になるのは道祖神と杵の形が同じ彫り師の手によるものとは思えなかったのだ。
 どちらも苔むしてはいるが、夫婦神がくっきりと彫り込まれているのに対し、杵の形のほうは鈍い何かで力任せに彫ったような感じを受ける。
「これは何のために彫ったんでしょうね……」
「うーん、杵だと思ったら杵にしか見えなくなっちゃった……」
「それにしても、船戸神社に杵と臼を奉納するのが瓜子姫の昔話の影響でも、この杵の形のものを見る限り、こちらがこの習わしの最初に思えますね」
「この夫婦神様が?」
「元々はこの双体道祖神を信仰していて、船戸神社は後付けなんじゃないかと……。だからこそ、この神社の祭神が瓜子姫とあまのじゃくだと、聡子さんは言っていたんじゃないでしょうか」
「ふーん……、そんなこと言い出したら、瓜子姫の話も元々はこの杵の形が元祖ってことも考えられない?」
 陽向の言葉に晶良は目を細める。
「この形が、瓜子姫を残酷に殺す話を作った……?」
 陽向の解釈に晶良は感心した。何もかもこの双体道祖神が初めだとすれば、新しい側面が見えてきそうな気がしたのだ。けれど、これだけでは神隠しを解明する答えにはならない。
「神主さんにもう少し詳しい縁起と白山郷の歴史について訊ねてみましょう」
 晶良の提案に陽向も頷いた。
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登場人物紹介

一宮 晶良(いちのみや あきら)

美貌の、残念な拝み屋。姉からの依頼で行方不明の高木俊一を探しに、岐阜の白山郷を訪れる。

岐(くなぐ)姉弟の営む民宿に滞在し、村に伝わる神隠しの伝説を調査することになり……

常に腹が減っている。

岐 幸姫(くなぐ ゆき)

岐家の長女。ししゃの家と言う屋号を持つ民宿を営んでいる。

24歳くらい。儚げな美人。

弟の久那(ひさな)ととても仲がいい。

岐 久那(くなぐ ひさな)

高校二年。幸姫の弟で、姉に似て美少年。

晶良にとてもなついている。

高木 俊一(たかぎ しゅんいち)

行方不明の男。もともと白山郷の出身。

高木 綾子(たかぎ あやこ)

俊一の妻。夫を探しに晶良とともに白山郷を訪れる。

清水 辰彦(しみず たつひこ)

白山村役場の課長。


浅野 怜治(あさの れいじ)

村立白山小学校の教師で郷土史家。

高木 俊夫(たかぎ としお)

俊一の父。大阪にある会社の代表取締役。白山郷の出身。

佐藤 良信(さとう りょうしん)

栄泉寺の住職。白山郷の言い伝えや歴史に詳しい。

水野 八重(みずの やえ)

村の最年長の老婆。村の言い伝えに詳しい。

田口 光恵(たぐち みつえ)

八重の孫。

堀 聡子(ほり さとこ)

八重のひ孫。

一宮 翡翠(いちのみや ひすい)

晶良の姉。晶良に今回の調査を依頼した。

諏訪 陽向(すわ ひなた)

晶良の友人の妹。大学一年生。

一言主神の巫女。晶良のマネージャー。

泥蛆(でいそ)

人の悪心、嫉妬、殺意、憎悪や、人に取り憑いた子鬼を食らうために、人間に取り憑き、精気を吸ってさらに悪い状態へ持って行く存在。

黄泉から来た。

小鬼(こおに)

人の欲に取り憑く。人間の欲を食べる小物。どこにでもいる。大抵の人間に憑いている。

瓜子姫(うりこひめ)

白山郷の伝承

あまのじゃく

白山郷の伝承

双体道祖神(そうたいどうそしん)

塞ノ神。村の境界にあり、厄災から守る。


白山郷では子宝の神様として祀られている。

白山郷

岐阜県の山間にある小さな村。世界遺産に登録されている。

合掌造りの家屋が有名。

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