『 序章 ・ すべての始まり (2) 』 

文字数 2,868文字

[『 序章 ・ すべての始まり (2) 』 (@書いたのは中学〜 @1982.06.30.)](http://76519.diarynote.jp/200610242346580000/)

2006年10月21日 [連載(2周目・最終戦争伝説)](http://76519.diarynote.jp/?theme_id=4)


× × ×

清峰 鋭(えい)がおとなしく先生についてゆくと校長室の隣の応接室へと招じ入れられた。
「失礼します、うちのクラスの生徒がなにか 」
先に立った先生が校長に尋ねる。
「やァ、やァ、細貝クン。悪い用件ではないようだよ。こちらの御方が清峰クンに話があるというんだ。」
「小ヶ崎(おがさき)と申します」
校長と向いあった客人が軽く一礼した。

行儀良く、細貝先生と並んでお辞儀をして腰かけて、初めて目を上げて相手をみたとたん 鋭はひどい悪寒を覚えてギュッと目をつぶった。
生徒のそんな様子には気づかないようで、大人3人は型通りの挨拶などを交しあっている。
その男はわりあいに小柄で、尊大そうな態度や言葉使いをする反面、ひどく狡猾でいかがわしい雰囲気をもかくし持っているようだ。日に焼けていない黄色い肌に、ひどく分厚い黒ブチ眼鏡をかけて、しきりに唇と舌を突きだすようなしゃべりかたをする。
けれど鋭に、いつかヒルを背中に放りこまれた時のような感じを思いおこさせたのは、どこの町にでもひとりはいそうなその男の陰険さではなかった。
緑色 だと、気がつくまでにはしばらくかかった。その男の着ていた妙なかたちのスーツのことだ。
それはよく見れば自然の葉っぱの色に似せて作ってあるようでいて、やはりまるっきり違った性質をもっているものだった。木々や草の緑があくまでも優しくてしっとりと湿っているのにひきかえ、そのスーツの色は毒々しく無味乾燥で、ひどく人為的な感じを与える。
奇妙に目のまわるような形の地模様が織りだしてある。
先生がたはこのスーツが変なことに気がつかないのかな。
鋭はそっと様子をうかがってみた。2人ともごくあたりまえの顔をしてあたりさわりのない時候の挨拶をとりかわしている。気がついていて礼儀上、表に出さないでいるのとも違うようだ。
コトン。音をたてそうな調子で不意に大人2人は寝入ってしまった。
いつのまにか、男は瞳から妙な圧力を発して鋭を見ていた。鋭はそんな眼つきを以前にも見たことがある。 偶然カエルの群れにいきあたった時の、品定めする、蛇の眼。
「 きみは自分のIQを知っているかね」
ゆっくりと、抑揚の少ないくぐもった声で男は話しはじめた。
「わしは Dr.小ヶ崎。J.E.S.S. 国立科学者養成センターの独立研究者じゃ。ふむ、まあ、教授だと思っといてもらおう。」
その声を聞いているうちにDr.とやらが見かけより歳をとっているらしいことがわかってきた。それに、このまま彼の眼を見つづけてはいけないということも。
鋭は必死になって視線をそらそうとする。どちらかといえば半そで一枚では肌寒いような梅雨の季節なのに、じっとりと額が湿ってくる。体はぴくりとも動かない。
ヘンだな 鋭はいぶかしみ始めていた。催眠術かなにかだろうか?
校長も担任も、すっかり寝入ってしまっている。
「J.E.S.S. わしらは単に《センター》と呼んでおるが のことはきみも知っておるじゃろう。例の、国立科・技開発研究所の附属機関として一昨年設立されたヤツじゃ。
この際、面倒な前置きは抜きにするとしよう。わしらの計算によればきみのIQは推定260、科学的方面に著しい興味および特性が見られる。……どうじゃね、《センター》へ来ないかね?」
今は小ヶ崎教授の不気味に細められた両眼からは手っ取り早く素直にうんと言わせてしまおうという圧力が放射されていた。
先刻の騒ぎの際に例の“影”からうけたものとはまったく異る圧迫感だった。“影”のそれが たちば的に相手より弱いものの必死さから来ていたのにひきかえ、今、鋭がうけているのは、「おまえなどわしにかなう筈もないのだ」 という、男の絶対的な自信が裏がえったものだ。
「え、 あの ……」
けれどついに、少年の好奇心が他のすべてに勝ってしまった。
「科学やS・Fがとても好きなのは確かですけれど、僕の知能指数がそんなに高いなんてことがどうして解るんです? それに第一、僕のことをどこで知ったんですか? 今、先生方が眠ってしまってらっしゃるように見えるのは、これは催眠術かなにかの一種なんですか? ……だとしたらどうやって ……」
ひとたびアゴを押えつけていた圧力をどこかへやってしまうと、あとは実にスラスラと言葉が口をついて出た。まだ手足の先にはしびれに似た感覚が残っていたがそんなことは何でもない。この、10歳にもならぬ、小柄で大人らしい行儀の良い少年にとって、好奇心 というか向学心、興味を満足させたいという欲求 は唯一、日頃の理性をふっとばさせるシロモノだったのだ。 何度注意されても、疑問点をひとつ見つけたとなると次から次へ、得心のゆくまで一時に質問し続ける、という悪癖は一向になおらない。
一度言われたことは二度と注意されずに従がう、この子供にとっては非常に珍らしいことである。
(( う。……))
顔にも、声にも、態度には一切あらわさなかったが、小ヶ崎“教授”は内心かなりの衝撃をうけていた。
心理といえばS・Fまがいのパラ・サイコロジー(※)にしか今のところ興味を示していない鋭には知るよしもなかったが、ドクター・オガサキと云えば知る人ぞ知る催眠技術の権威である。
その彼の施術を、破るための専門知識はおろか“破る”という自覚をさえ持たずに この少年は解いてしまった。……小ヶ崎にしてみればはるか昔の未熟なインターン時代以来はじめての事である。((これは。)) 彼は思った。
一般的にはたで聞こえているほどこの小ヶ崎という男は狭量ではない。それは彼の唯我独尊ともいうべき自尊心がなまなかなことでは揺るぎもしないせいでもあったが、むしろ、ちょっとした理由から気に入ってしまったものにはその是非を問わず肩入れをする、半ば以上マッド・サイエンティストじみた身びいきの強さが見られた。老人にありがちな偏執狂のケがあるのである。
もっとも彼は外面的にはさほど歳をとっているとも思えないのだが。
「それは」
コンマ何秒かの沈黙のあと、小ヶ崎は再び自信に満ちて話し始めた。


梅雨どきの薄暗い部屋の中には冷気がこもり、そのせいで小ヶ崎はかなり不快なおもいをしているらしかった。
かすかにカビ臭い応接室の雰囲気。窓の外には例の、教授のスーツと同じ色の大型車が見える。
雨はますます激しく、その校舎や大地にぶちあたる轟音は、ともすれば男のしわがれた話し声をかき消してしまうまでになっていった。……




※ パラ・サイコロジー : 超心理学。
要するに超能力を科学的に解明しようというもの。

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