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 受けた仕打ちを何倍にもして返す銀行員のドラマが最終回を迎え、ほっとした。
 銀行って本当にあんな組織なのかと何回も訊かれるし、関連会社に出向中の自分に向けられるのが、まだ若い女の子なのに何をやらかして飛ばされたんだろうという好奇の目ばかりに思えて仕方なかったから。
 今週から忙しくなりそうだったので、タイミング的にはちょうどよかった。
 そんなことを思っていると、朝、エレベータの前で岩戸さんに会った。
「おはようございます」
「おはよ」
 法務畑一筋の岩戸さんは父親ほどの年齢。温厚で人当りもいい。経験の浅い私にも嫌な顔をせず丁寧に教えてくれる。何かと理屈ばかりこねたがる法務課員が多い中にあって、徹底した実務派であることもありがたい。
 他社の人もいたエレベータを降りたところで、やっと案件の話ができた。
「あの件、そろそろですよね」
 賃貸マンション建築資金の返済が長く滞っている案件だ。債務者が折衝の席に着かない為、やむなく競売の前段階として賃料差押に踏み切った。昨日までに四十戸ほどの入居者にその通知が届いているはずだ。要は家賃を大家ではなく銀行に払えという内容だ。
「今日あたり電話が架かって来るかもね」
 私のIDで扉を開けて、岩戸さんを先に通した。
「どう対応すればいいですか」
「入居者を面倒に巻き込んだのはうちでもある。だから、申し訳ございません、ご面倒おかけします、宜しくお願いします。そういう対応がいいと思うよ」
「分かりました。何かあったら、また相談させて下さい」
「頑張って」
 銀行の法人営業部からサービサーへ出向の辞令を受けて半年。何で私がと驚愕の人事だったけれど、同期の菜緒から「あんたが部長の誘いを断ったからだ」と言われた方が驚きだった。全く身に覚えがない。「あんたはいつもそう。天然で平和だよね。それじゃセクハラでもパワハラでも訴えられないじゃん」と呆れられた。
 席に着くなり、電話が鳴った。
 外線を率先して取るのは、ここで断トツに若手の私の役目でもある。
『西片っておるか』
 私だ。きっと例の案件だ。
 老朽化が進み、競合物件も増えた為に入居率が低迷。賃料値上げは論外だし、入居を募る為に賃料を下げれば、既存の入居者からも下げろと迫られる。不動産鑑定によれば物件を売却しても借金が相当残ってしまう。正に二進(にっち)三進(さっち)もいかない。せめて競売を避けて任意売却した方が高く売れるはずだが、大家は恐らく思考停止状態だ。賃料差押は任意売却に同意させる狙いもあった。
 私が担当者だと分かると、電話の主、河本さんは声を荒げた。
『どういうことや!』
 関西出身らしい。
「実は」
 説明しようとしたが(さえぎ)られた。
『読んだら分かることはええねん。何でそっちの言いなりに家賃を振り込まなあかんのや』
 岩戸さんのアドバイスを思い出して、言葉を選ぶ。しかし。
「ご面倒をおかけ、」
 最後まで言わせてもらえない。
『だから、何でそんなことせなあかねん言うてんねん。わしはちゃんと家賃(はろ)てるんや。何も悪いことしてないのに何でや!』
 こんな場合どう対応すべきなのかも聞いておくんだったと後悔が芽生えたとき、相手の方から選択肢が提示された。
『お前が取りに来るんが筋とちゃうんか』
 なるほど。
「上の者と相談いたしますので、お時間をいただけますか」
 折り返し電話をするということにして一旦置いた受話器を、またすぐに取って内線で岩戸さんを呼び出した。
『受け取りに行くしかないね。(かた)が付くまで毎月伺いますって』
「分かりました」
『一人で行っちゃだめだよ。誰か先輩に一緒に行ってもらうこと』
「課長と話してみます」
 結果、課長が法務課と話をつけてくれて、何か言われてもすぐ対応ができるよう、初回は岩戸さんと行けることになった。
「この度は」
 玄関先で頭を下げると、河本さんは意外にも優しかった。
「ご苦労さん。あんたらも大変やな。借金返さへん大家が悪いのに、面倒なおっさんの相手せなあかんのやから」
 入居者の多くは銀行よりも大家の方に苦情を言ったようで、大家はあっさり任意売却に同意した。
「意地っ張りで悪いけど、来月からも集金に来てや」
「あらかじめ電話をさせて頂きます」
「そうして。ほなな、お嬢ちゃん」
 帰り道、岩戸さんにも頭を下げた。
「僕は外の空気が吸えて良かったよ」
「ありがとうございます」
 若い女の子はそれだけで得だと言われる。男ならそんなに優しくしては貰えないと。そうかもしれない。でも、そんなことで申し訳なく思ったり卑屈になったりはしない。男は男で、男だからこそ得をしている部分が沢山あると思うから。
 本件は特に良い経験になった。知識も増えた。少しだけ度胸もついた。いつまでも若い女の子ではいられない。本当の武器は知識と経験と度胸。早くそれぞれのパワーゲージをMAXに近づけられるように頑張って、岩戸さんや課長に恩返しをしよう。そんなことを思った。
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