第13話 異常事態

文字数 4,917文字

 レベッカ達がブリッジに着くと、そこでは既に何人もの男達が集まっていて『作戦会議』の真っ最中であった。『船長』の姿もある。

「……! おい、貴様ら、何しにきた!? 邪魔だ! とっとと――」

「――俺が許可を出したんですよ。別に構わないでしょう? 奴を捕まえる作戦自体は秘密でも何でもない」

 レベッカ達の姿を認めたタイロンが案の定眉を吊り上げて怒鳴ろうとするが、機先を制してバージルが説明した。レベッカは肩をすくめた。

「そういう訳よ。安心して。あなた達の邪魔は一切しないと誓うから」

「貴様、だからと言って……!」

 タイロンが言い募ろうとするが、そこに『船長』が割り込む。

「おい、今はそんな事を気にしてる場合か? もたもたしていると奴が逃げるぞ」

「ぬ……! ……ええい、勝手にしろ! そのかわり何かあってもこっちに文句を言うなよ!?」

「勿論よ。さっさと自分の仕事をしたら?」

 タイロンが苦虫を噛み潰したような顔で認めるのを、レベッカは両手を上げておどけたように頷いた。アンディ達もそれに倣う。 


「さあ、彼女達は放っておいて計画の方を進めましょう。予定より早いが準備は万端か?」

 バージルが『船長』に確認すると彼はうっそりと頷いた。

「無論だ。既に取りに行かせている。もうすぐ甲板に出てくるはずだ。あと狙撃班(・・・)の連中は全員麻酔銃を持って甲板に出るように指示もしてある」

「流石だな。じゃあ俺達も出るとしよう」

 『船長』の言葉に頷いたバージルは手早く救命胴衣を身につける。『船長』やその部下達は既に身につけている。タイロンだけはもたもたしていたが。


「俺達はこれから甲板に出るが君達はどうする? 無理に付いてくる必要はないぞ」

「どうする、レベッカ? 俺としてはあの化け物を見た後だけに余りデッキに出る事はオススメしないが」

 バージルとウィレムがレベッカの意思を確認してくる。アンディとナリーニはレベッカに判断を任せる方針のようだ。

「勿論一部始終を見るわ。その為に来たんだから。でも皆に無理強いする気は……」

「そこまでだよ、姉さん。今更出るのを躊躇うくらいなら最初から部屋に戻ってるさ。僕達も行くよ。ねぇ、ナリーニ?」

 アンディがナリーニの方を振り向いて確認すると、彼女も勢い込んで頷いた。

「そうですよ! それに社長たちだけメガロドンを見たなんてズルいです。私達も当然一緒に行くに決まってます」

 そう言いながら彼女達は素早く救命胴衣を身に着けていた。どうやらレベッカ自身と同じく止めても無駄なようだ。その光景を見てウィレムも溜息をついた。

「全く……あいつらはまともだと思っていたが、やはりいつの間にかお前の影響を受けていたようだな。命知らずが揃っている」

「ウィレム、あなたも無理には……」

 レベッカが言いかけるが彼は即座にかぶりを振った。

「ああ、レベッカ。気にするな。俺がお前らだけ行かせる訳が無いだろう? ほら、さっさと行くぞ」

「ウィレム……ありがとう」

 率先して甲板に向かうウィレムにレベッカが感謝を示す。正直彼がいてくれるのは心強い。

「いい仲間を持ったな、レベッカ」

「ええ、本当に。私には勿体ないくらいよ」

 バージルの言葉にレベッカは本心から同意して、彼等はそのまま『船長』達を追って再び甲板へと向かっていった。

 

 船は相変わらず継続的に揺れていた。船内の部屋や廊下などに置いてあった物はかなり悲惨な状況になっていた。それらの散乱物を避けて再び甲板へと出るレベッカ達。

 時刻は深夜と言って良い時間帯であり、海は依然として漆黒の闇に覆われていたが、流石に『ブルー・パール号』は完全に覚醒しており、照明という照明が点灯し周囲の闇や海面を照らし出していた。

 甲板には既に救命胴衣を身に着けてライフル銃のような物を手にした10人ほどの男達がスタンバイしていた。『船長』の姿もあった。しかし彼等は闇雲に海面に銃を乱射する事はしない。

「彼等は何をしているの?」

「彼等の持っている銃は全部麻酔銃だ。奴が海面に上がってきた所にありったけの麻酔弾を打ち込んでやるのが役割さ」

 先んじて甲板に出ていたバージルを見つけて問いかける。

「奴が必ず海面に上がってくるとは限らんだろう? それまでこの揺れの中で待つつもりか?」

 ウィレムも口を挟む。そもそもいつ出てくるかも解らないのではタイミングも合わせようがないし、かなり迂遠で不確実な作戦に思える。バージルが苦笑した。

「そこは当然いくつか考えてあるさ。まずはアレだ」

 彼が指差した先、船内の倉庫に通じるらしき出入り口から何人もの男達が出てきた。全員で何か巨大な魚を抱えている。ナリーニが目を剥いた。

「あれは……マグロですか!? あんな大きなものは初めて見ました!」

「まあ奴のサイズを考えるとあれでもまだ小さいくらいだけどな」

 男達が抱えているマグロは冷凍保存されていたものを急いで解凍したものらしく、2メートルはありそうな代物だったが、確かにレベッカが見たあの化け物からすればほんの軽食のようなものだろう。

 レベッカ達が見ている先でマグロを運んできた男達が、船の縁に備え付けられたクレーンのような形状の機械の先にそのマグロを括り付けた。それはまるで……


「おい、まさか……あの化け物を釣ろう(・・・)とでも言うんじゃないだろうな?」


 ウィレムが呆れたような、信じられないような口調でバージルに確認する。レベッカも口には出さないが彼と同じ気持ちであった。それは余りにも馬鹿げているように思えた。バージルが肩をすくめた。

「まあ物は試しだ。何でもやってみないと解らない。言ってみれば奴もデカい魚には違いないからな。まずはコストの掛からない方法で試してみるのさ。それで上手く行けば万々歳だ。だろ?」

「…………」

 コストという言葉を聞いたレベッカは、何となくこれがバージルの提案した物ではなくエンバイロン社が命令した方法なのではないかと考えた。もしかしたらあのタイロンかも知れない。如何にも現場を知らない机上の空論で、経費の事だけを考えていなければ出ないような発想だからだ。

「ふん、まあ会社勤めというのも世知辛いものだな」

 同じ感想を抱いたらしいウィレムが鼻を鳴らした。まあレベッカ達は口を挟まないと約束したし、これが失敗したとしても損害を被るのは彼等なので、自分達がそこまで気にする義理はない。

「あ、投下するぞ! 僕達ももうちょっと近づいてみようか?」

 アンディが最初に及び腰だった様子はどこへやら、好奇心の方が勝ったらしく提案してくる。まあ確かにここまで来たら実際の現場の様子を見たいのは本音だ。レベッカは3人にくれぐれも注意して身を乗り出したりしないように約束させてから、全員で海面が見える位置に移動する。

 あの大きなクレーンのような装置で先端に吊るしたマグロを海面に投下する。クレーンで吊るす際に血や内臓が漏れ出しているので、サメにとってはかなり食欲をそそられる餌ではあるはずだ。麻酔銃を持った男達は当然船の縁でスタンバイしている。


「…………」

 先程まで断続的に続いていた船の揺れが止まった。奴がマグロに気付いたのかも知れない。レベッカは知らずの内に固唾を飲んでいた。アンディ達は勿論だ。一瞬その場を緊張感に満ちた沈黙が支配した。

「……!」

 クレーンが僅かに下に引っ張られたように動いた。と、間を置かずガタガタと凄まじい勢いで揺れ始めた。

「おお! 掛かったぞ!」

「でも大丈夫!? 凄い勢いで引っ張られてるけど!?」

 喜色を露わにするバージルだが、レベッカは不安の方が強かった。あの怪物が本当にこんな単純な魚釣りのようなトラップで捕獲できるものだろうか。そのレベッカの懸念はすぐに現実(・・)のものとなった。

 クレーンの揺れが増々大きくなり……甲板に据え付けられていた本体(・・)の方が浮き上がり始めたのだ。勿論この機会自体の重量は相当なもののはずだし、甲板の床に固定もされていたはずだ。それが曲がりなりにも生き物(・・・)に引っ張られて浮き上がったのだ。余りにも非現実的な光景であった。


「ば、馬鹿な……!?」

「おい、危ないぞ! 伏せろ!」

 あの化け物を造った(・・・)当事者の1人であるはずのバージルが、クレーンが浮き上がった事に驚愕して目を瞠る。一方危機管理に優れたウィレムが、重機が浮き上がったのを目にして素早く仲間たちに警告して身を伏せるように促す。

 そして彼の警告は現実の物となった。クレーンの本体が遂に引っ張られる力に耐えきれずに、完全に弾け飛んだのだ。当然そのまま海に向かって勢いよく突進する。……何十トンもあるだろう重機が。

「……っ!!」

 そしてその重機が引き寄せられる途上には『船長』を始め、海面に向けて麻酔銃を構えていた乗組員達がいた。

「避けろっ!」

 『船長』の言葉に咄嗟に左右に避けて難を逃れる男達。だが2人ほどが間に合わずに、重機に巻き込まれた。1人は直撃を受けてミンチ(・・・)のようになりながら、盛大に血を撒き散らしながらクレーンと一緒に海に落下した。

 もう1人は直撃は免れたものの、衝撃の余波で煽られて縁から海に転落した。重機が落ちて大きな飛沫とうねりが海面に広がる。海に落ちた男が必死に顔を出して、船の上に助けを求める。しかし誰かがそれに反応するより早く、照明に照らされた海面に浮上してくる巨大な黒い影。

「あ……!」

 縁にしがみついて海面を見下ろしていたアンディが指差した先……。海面が急激に盛り上がったかと思うと、恐ろしく巨大な生物がその下から出現し、海に落ちた男を一瞬にして呑み込んでしまった。

「……っ!!」

 あの化け物の姿を初めて見たアンディとナリ―ニが顔を青ざめさせて息を呑んだ。その横でレベッカは確信した。アイツは怒り狂っている(・・・・・・・)。自分を罠に掛けて捕らえようとした人間達に激しい怒りを感じている。浮上したヤツの姿を……『顔』を見たレベッカにはそれが解った。


「クソが! 撃て! 撃ちまくれっ!!」

 『船長』が初めて声を荒げて部下達に怒鳴り、自らも海面に向けて麻酔弾を発射する。体勢を立て直した他の乗組員達もそれに従う。海面にはまだ奴の影が見える。それほど深くは潜っていない。このくらいなら麻酔弾が当たるだろう。

 『船長』達の撃ち込んだ弾が残らず海面に吸い込まれる。黒い影が一瞬揺らめいた。だが……それだけだ。奴が動きを止めたり痙攣して浮かび上がってくる事は無い。いや、それどころか……

 ――海面から勢いよく何かが飛び出してきた。それは砲弾のような速度で、まだ銃を構えていた乗組員の1人に直撃した。

「何……!?」

 『船長』達は勿論、レベッカ達も反射的に身を伏せた。何かの直撃を喰らった男は吹き飛んで甲板に倒れていた。首の骨が折れているようだ。恐らく即死だろう。

「な、何なんですか、一体!?」

「……っ! あれは……マグロの頭(・・・・・)か?」

 ナリ―ニが悲鳴を上げる横でウィレムが目を瞠っていた。死んだ男の側に転がっているのは、先程男達がクレーンで吊るして投下したはずの巨大マグロの頭部であった。

「う、嘘でしょ……?」

 レベッカは呆然とした声を上げる。奴は罠に引っかからずに、それどころかその残骸を武器(・・)として利用したのだ。人間以外の動物が……ましてや鮫がそんな事をするはずがない。重機のクレーンを逆に海中に引きずり込んだ常識外れの力といい、あの化け物は明らかに尋常な生物の範疇を越えている。


「馬鹿な……何故効かない? 奴の体積や体重を元に算出した麻酔量だぞ? まさか外洋に出る事で更に成長(・・)したとでも言うのか?」


 バージルが信じられないというような表情でかぶりを振る。だが信じられないのはこちらの方だ。レベッカの代わりにウィレムが彼の胸倉を掴んだ。

「おい、どうなっている!? あの化け物がただの古代生物だなどという詭弁(・・)はもう通用せんぞ! アレ(・・)は一体、何だ!? お前らは何を創り出したんだ!?」

「あ、アレは……」

 バージルが何か言い掛けた時、船が再び大きく揺れた。今までの揺れとは比較にならない。レベッカはもしかしてこの船が本当に転覆するのではないかという恐怖を感じた。
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