#021 下火

文字数 1,602文字

 こうして事件は収束していき、今回の事件はあくまでも模倣犯として、水瓶座(アクエリアス)の彼女はステラではなかったと結論づけられることとなった。他の事件の真実は、彼が当時学生であったことや、それによる学校の証言などから認められたのだ。
 帳場も、すみやかに解散となり、慌ただしい日常が戻っていったようにも思える。異常が日常の俺たちにとっては、それすら落ち着かないもので、なんとも奇妙な気持ちだった。
 例の真犯人は市ヶ谷といった。被害者である水野凛音とは旧知の仲であったようで、市ヶ谷から水野への片想いが今回の発端だった。
 ある時に、水野が何者かと交際しているという話を聞いた市ヶ谷は、初めこそ水野がそれで幸せなら、と納得して身を引こうとしていた。しかし、彼が水野の周りを勝手に調べるうち、その相手が累維であるということがわかり、また、水野が累維にとっての唯一ではないことを知ってしまったのである。
 それで、市ヶ谷は水野を説得しようと、彼女が家にいることを確認した上で、仕事着のまま仕事ついでに彼女の家へと向かった。そこで市ヶ谷は、水野に訴えたはずだ。おそらくは、「あんなやつとは付き合うな、別れろ」と。しかし、水野はそれでも累維のことを好きでいたためにそれを断ったのだろう。それから口論へと発展し、そしてとうとう実行に至ってしまう。
 とはいえ、市ヶ谷も不本意であったことは間違いないはずだ。しばらくはその場から動くことができず、呆然としていたところで、起動したままの彼女のスマートフォンを見つけてしまう。自動電源オフ機能の切られたそれは、彼が操作するということを最も容易く許してしまう。彼は、彼女の個人情報を探るうち、自分が本当に恨みを向けるべき男の存在を知ってしまう。それが、彼から送られたメールの真意であった。しばらく考えた末に、緊迫感があってかつ言葉から水野の言葉ではないということを悟られない最低限の文章でメールを送信したのが、午前零時ごろのことであったのだろう。
 自らの罪から目をそらし、過ごしていた時間、彼は一体何を考えていたのだろうか。男女の仲のありようについて考えていたのか、水野に対する思いを必死に冷ましていたのか、はたまた自分の罪について考えていたのか。きっと彼以外に理解することはできないのであろう。
 良くも悪くも、恋人という肩書きはこの手の事件において一番の重荷になる。恋人という存在は誰よりも近しい存在であるはずなのにもかかわらず、法的に何の根拠もない他人であるということが、此度、三栗屋が容疑者となってしまった一番の原因であったのだろう。愛の形は人それぞれであるし、その関係に関しては、政治も、法も、人も、本人たち以外何人たりとも踏み込むことのできない領域なのであろう。
 市ヶ谷は、取り調べの時、全てを洗いざらい白状したそうだ。証拠となる着ていた服や手袋も彼の家から見つかり、血液も水野の物と一致したとのことである。また、彼の勤務先に伺ったところ、彼の行動の不整合が認められた。おそらくこのまま順調に捜査や取り調べを受ければ、時期に刑事裁判へとかけられ、しかるべき法で裁かれることになるであろうと思う。
 検察官が彼にステラのことをどこで知ったのか、どうして模倣しようと思ったのか、と問うた時、彼はもう生気を感じないような虚な眼で、「自分が学生の時に、一番、よく聞いた事件で、あとは、彼女をただの死にしたくなかった」と途切れ途切れで語ったらしい。なんにせよ、この事件はこの事件として解決しそうであることは何よりだった。遺族や周囲の人にとっては、悔やんでも悔やみきれない問題ではあるだろうが、それでも死んだ彼女にとって一縷の救いとなることを願うばかりである。
 とはいえ、またも連続星座女性殺人事件は迷宮入りしてしまったわけである。
 他のステラにも報いれるよう、俺はこれからも尽力しなければならない。
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登場人物紹介

柿原 詩季(カキハラ シキ)


警視庁刑事部捜査一課特命捜査室第八係に所属する刑事。過去の事案により「死神」と呼ばれている。

三栗屋 累維(ミクリヤ ルイ)


少し古風な話し方をする男。現在、二ツ目の落語家であり、その美貌は老若男女を魅力する。

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