文字数 1,360文字

 しんぞうがまた、おかしくなった。
 近づこうとすると、だめ、といっているのか、口をぱくぱくしている。人さしゆびで、自分の足のあたりを差す。 
 あの子のスカートの下には、パンジーとチューリップが咲いていた。赤や黄や、ピンクの。それはまぶしくゆれていた。
 ぼくの足の下を見たら、よれよれの紙飛行機が落ちていた。ばっちい、と思いながらも手にとって、広げてみたら、あの子が書いた手紙だった!
 しんぞうが飛び出そうになって、顔も体も熱くなった。顔を上げると、あの子はいなくなっていた。飼育小屋のうさぎみたいだ。すぐに穴にかくれちゃう。はずかしがりやなんだ。返事をくれて、うれしかった。紙飛行機をもって、ぼくはひとりで走り出した。
 家に帰る途中の公園の、すべりだいの上で紙飛行機を読んだ。ここなら、だれにものぞかれない。てすりや階段の色が、ところどころはげている。めずらしくだれもいない、しずかな公園。
 しばらく息を整えていたぼくは、手紙をよく見て、げんめつ、した。あの子は、ぼくたちの小学校の、すぐ裏にあるスーパーの、うす灰色でてかてかして、野菜や肉のねだんとかの、いろんな文字や数字がすけている、あのチラシの裏に、たぶん、HBのうすい鉛筆で文字を書いて、返事をくれた。これが、なぐり書き、というやつか。チラシの表の色は赤かった。
 ぼくはげんめつしたあと、大きなはっけんをした。ぼくは女の子をごかいしていたんだ!

 はじめは、ぼくが書いたラブレター。その次は、あの子からきた手紙。

 ぼくは、きみをはじめて見たとき、どきどきしました。ぼくが、きみをどれくらい好きか。 きみは天使みたいだと思う。ななめ前の席のきみ。うしろから見て、長いかみがさらさらで、茶色くて、光にあたるときらきらしているところ。バレエがとっても上手なところ。雪がふると、ほっぺが、ぽわっと赤くなるところ。図書委員をいっしょうけんめい、がんばっているところ。大事に本を運んでいて、本が好きなことがよくわかるところ。女の子らしくて、やさしく笑うところ。いつもかわいくて、天使みたいなきみが好き。ぼくの彼女になってほしいな。

 わたしはあなたの思うような女の子じゃありません。わたしは天使じゃないよ。あなたはわたしのずーっと、後ろにすわってるから、どんなひとか知らないし。わたし、長いかみ、きらい。かわかすのもめんどうだし、ほんとうは早く短くして、サッカーしたいんだ。バレエは、ママから言われてしかたなくやってるの。中学に入ったら、やめるよ。ほっぺが赤いのも、きらい。田舎の子みたいで、はずかしいよ、こんなの。図書委員も本当はやりたくない。国語が好きだから、じゃんけんに勝って委員になったけど、本は重いし汚いしめんどうだよ。それに図書室って、暗くない?早く外で走りたくて、終わらせたくてがんばってるんだよ?わたしはあなたのこと、名前と男の子ってことと、思いつめて、あの手紙を書いちゃう、ロマンチストってことしか知らないよ。だから、明日からお話しよう。でも、わたし、みんなに見られるのははずかしいんだ。紙飛行機でもいいかな?
 
 ぼくは何にも、見えていなかった。ますます、あの子を知りたくなった。この気持ちはどうしたらいいんだろう。てっぺんから、すべり台をいきおいよく下りた。
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