2020年11月20日

文字数 1,000文字

「電気がないのに音がする!」
 私が勤める学校には、昔懐かしの足踏みリード・オルガンが残っている。

 ――感染症予防対策を行い、リスクの低い活動をしなければなりません。

 これまで歌唱中心に授業をしていたけれど、今年は器楽アンサンブルに取り組んでいる。
 隅に眠っていた古い楽器をリコーダーと合わせてみたら、新しい発見があった。

「オルガンは実はリコーダーと同じ管楽器なの。どっちも生きた化石のようなもので、バロック時代にもっとも盛んに演奏されました。その頃の日本は江戸時代で…」
 生徒たちは、ピアノとは違うやわらかなオルガンの音色を気に入り、人の力で音を出すという構造も新鮮に感じてくれた。
 リード・オルガンは電気を一切使わない。ペダルを踏み、ふいごに風を送って音を出す。

 ペダルを踏みながら鍵盤を弾くのは、エアロバイクを漕ぎながら演奏するようなもの。軽やかな速い曲や和音を伸ばす曲は、風をすぐ使い切ってしまい、いっそうペダルを踏まなければ音がすうっと消えてしまう。
 日本の楽器メーカーはリード・オルガンの修理と製造から始まり、かつては日本中の子供たちがオルガンの伴奏で歌っていた。
 どこか懐かしく、心が落ち着く響き。その音色を奏でる足もとは、もがきつづけている。


 明日は、合唱部の演奏会のはずだった。
 毎年演奏会を開いてきて、今年で記念すべき二十周年。卒業生や歴代顧問の先生方も招いて、盛大に祝う予定だった。こんな形で中止になるなんて、思いもよらなかった。

この気もちはなんだろう

 マスクをしたまま歌うのは苦しい。放課後の練習に参加する生徒は少ない。

よろこびだ しかしかなしみでもある
いらだちだ しかもやすらぎがある

 初めて指導した生徒たちが、合唱コンクールの地区大会で金賞をとった曲。今年の大会は中止。同じ今はないのに。
 家族や学校が歌うことを許し、感染リスクを受け入れる覚悟までしなければ、合唱ができない。

まだ会ったことのないすべての人と
会ってみたい話してみたい
あしたとあさってが一度にくるといい

 歌は涙に似ている。痛みをやわらげ、かなしみを流し、新しい気持ちを芽生えさせてくれる。
 皆はどんな気持ちで歌っているだろう。もがきつづけてここまで来た。本当に明日とあさってが一度に来たら、手に負えないかな。
 歌えない時でも、楽器を奏でることはできる。心の中で歌おう。音楽を好きな気持ちだけはコロナに負けない。
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