一話完結
文字数 1,993文字
小学校の臨時教諭の塩川は職員室でテストの採点をしていた。
「塩川先生」
塩川が振り返ると、頭の校長が立っていた。塩川は慌てて立ち上がる。
「お疲れさまです」
「皆さん帰りましたよ。塩川先生も、もう帰ったらいかがですか」
塩川が職員室を見回すと、誰もいなかった。
「もう少しで採点が終わりますから」
「教員のオーバーワークが問題になっているのはご存じでしょう。先生はまだ二十代のスポーツマンだから体力には自信があるかもしれませんが、もし倒れでもしたら、上司である私の責任が問われるのですよ」
「わかっています。校長先生にご迷惑をお掛けしませんから」
「わかっていればいいんです。ところで、赴任されてから一カ月になりますけれど、学校には慣れましたか？」
塩川は前任の教諭が病気で休職することになり、急遽雇用された。前任教諭が担任をしていた六年生のクラスを受け持つことになったのだが、教員の仕事は初めてだったので、勝手のわからないことばかりだった。特に、生徒を把握することに苦労していた。
「まだまだです。それぞれの生徒の性格もつかめていませんし、学力も把握していません。それで、テストをしてみたのですが」
「何か問題がありましたか？」
塩川は机の上にある答案用紙の解答を指差した。
【問】「炎天下」を使って、文章を作りなさい。
【答】炎天下の公園で桃香ちゃんに告白しようとしたけれど、勇気が出ませんでした。どうしたら、告白できますか。コメントください。
「あはは、解答が相談になっていますね。今の子はませていますから、こういう事もありますよ。まあ、答えとしては合っているのだからマルを付け、『当たって砕けろ』とでもコメントを書けばよいでしょう」
塩川は別の答案用紙を校長に渡した。
【問】「炎天下」を使って、文章を作りなさい。
【答】炎天下の公園で翔太君に呼び止められました。翔太君はもじもじするだけでした。たぶん、告白するつもりで話し掛けてきたのだと思います。翔太君に付きまとわれるのは迷惑です。嫌われないようにやめさせる方法をコメントで教えてください。
答案用紙に視線を落とした校長は頭を掻いた。
「あー、翔太君の片思いですか。好きな相手に近付くことは自然なことですが、桃香さんが付きまといと感じているなら問題ですよ。放置したら、親がストーカー被害に遭っていると騒ぎ立てるかもしれません。さり気なく翔太君に指導する必要がありそうですね」
塩川は横山小百合の答案用紙を校長に渡した。
【問】「課金」を使って、文を作りなさい。
【答】アプリゲームの課金のことで親に怒られて泣いていたら、翔太君がなぐさめてくれました。それ以来、翔太君のことばかり考えてしまいます。翔太君と付き合うにはどうしたらいいか、コメントを書いてください。
校長は拳で手のひらを打った。
「翔太君が小百合さんを好きになったら解決ですね。さて、どう」
塩川は校長の言葉をさえぎって酒井龍一の答案用紙を差し出した。
【問】「課金」を使って、文を作りなさい。
【答】僕と小百合ちゃんは幼稚園のときに結婚の約束した仲です。桃香に告白されましたが、小百合ちゃんが好きです。だけど、小百合ちゃんは課金ゲームを始めてからよそよしくなりました。小百合ちゃんにちょっかいを出している奴がいるらしい。誰かわかったらボコボコにしてやる。
「物騒ですね。龍一君は乱暴者なのですか？」
「そんな雰囲気の生徒です」
そう答えた塩川は竹田華子の答案用紙を校長に見せた。
【問】「課金」を使って、文を作りなさい。
【答】小百合ちゃんと一緒に課金ゲームをしているうちに、小百合ちゃんを好きになりました。女が女を好きになるのはいけませんか。コメントで教えてください。
「翔太君は桃香さんが好きで、桃香さんは龍一君が好き。龍一君と華子さんは小百合さんを好きで、小百合さんは翔太君が好き……」
腕を組んで唸っている校長に、塩川は訊く。
「コメントは書かない方が良いのでしょうか？」
「先生を信頼しているから、生徒が相談してくるのです。もし、裏切ったら、学級運営が難しくなりますよ」
「でしたら、何とコメントをしたらいいのでしょうか？」
「うーん」
「『私は経験豊富だから何でも訊きなさい』と言っていましたよね。校長先生でも無理ですか？」
「勿論、私なら解決できます。ですが、これは先生が成長するチャンスです。そのためには、先生自身が答えを出さなければなりません」
校長は逃げるように去った。
翌日、塩川は授業中に答案用紙を返した。結局、コメントには【経験豊富な校長先生が教えてくれます】と書いた。
答案用紙を受け取った生徒たちは、答案用紙を見せあう。
「何て書いてあった？」
「全部同じだよね」
「校長に振って逃げてる」
「でも、何も書かないよりマシだから、仮合格ということで」
塩川は生徒たちにテストされたのだと悟った。
＜了＞
「塩川先生」
塩川が振り返ると、頭の校長が立っていた。塩川は慌てて立ち上がる。
「お疲れさまです」
「皆さん帰りましたよ。塩川先生も、もう帰ったらいかがですか」
塩川が職員室を見回すと、誰もいなかった。
「もう少しで採点が終わりますから」
「教員のオーバーワークが問題になっているのはご存じでしょう。先生はまだ二十代のスポーツマンだから体力には自信があるかもしれませんが、もし倒れでもしたら、上司である私の責任が問われるのですよ」
「わかっています。校長先生にご迷惑をお掛けしませんから」
「わかっていればいいんです。ところで、赴任されてから一カ月になりますけれど、学校には慣れましたか？」
塩川は前任の教諭が病気で休職することになり、急遽雇用された。前任教諭が担任をしていた六年生のクラスを受け持つことになったのだが、教員の仕事は初めてだったので、勝手のわからないことばかりだった。特に、生徒を把握することに苦労していた。
「まだまだです。それぞれの生徒の性格もつかめていませんし、学力も把握していません。それで、テストをしてみたのですが」
「何か問題がありましたか？」
塩川は机の上にある答案用紙の解答を指差した。
【問】「炎天下」を使って、文章を作りなさい。
【答】炎天下の公園で桃香ちゃんに告白しようとしたけれど、勇気が出ませんでした。どうしたら、告白できますか。コメントください。
「あはは、解答が相談になっていますね。今の子はませていますから、こういう事もありますよ。まあ、答えとしては合っているのだからマルを付け、『当たって砕けろ』とでもコメントを書けばよいでしょう」
塩川は別の答案用紙を校長に渡した。
【問】「炎天下」を使って、文章を作りなさい。
【答】炎天下の公園で翔太君に呼び止められました。翔太君はもじもじするだけでした。たぶん、告白するつもりで話し掛けてきたのだと思います。翔太君に付きまとわれるのは迷惑です。嫌われないようにやめさせる方法をコメントで教えてください。
答案用紙に視線を落とした校長は頭を掻いた。
「あー、翔太君の片思いですか。好きな相手に近付くことは自然なことですが、桃香さんが付きまといと感じているなら問題ですよ。放置したら、親がストーカー被害に遭っていると騒ぎ立てるかもしれません。さり気なく翔太君に指導する必要がありそうですね」
塩川は横山小百合の答案用紙を校長に渡した。
【問】「課金」を使って、文を作りなさい。
【答】アプリゲームの課金のことで親に怒られて泣いていたら、翔太君がなぐさめてくれました。それ以来、翔太君のことばかり考えてしまいます。翔太君と付き合うにはどうしたらいいか、コメントを書いてください。
校長は拳で手のひらを打った。
「翔太君が小百合さんを好きになったら解決ですね。さて、どう」
塩川は校長の言葉をさえぎって酒井龍一の答案用紙を差し出した。
【問】「課金」を使って、文を作りなさい。
【答】僕と小百合ちゃんは幼稚園のときに結婚の約束した仲です。桃香に告白されましたが、小百合ちゃんが好きです。だけど、小百合ちゃんは課金ゲームを始めてからよそよしくなりました。小百合ちゃんにちょっかいを出している奴がいるらしい。誰かわかったらボコボコにしてやる。
「物騒ですね。龍一君は乱暴者なのですか？」
「そんな雰囲気の生徒です」
そう答えた塩川は竹田華子の答案用紙を校長に見せた。
【問】「課金」を使って、文を作りなさい。
【答】小百合ちゃんと一緒に課金ゲームをしているうちに、小百合ちゃんを好きになりました。女が女を好きになるのはいけませんか。コメントで教えてください。
「翔太君は桃香さんが好きで、桃香さんは龍一君が好き。龍一君と華子さんは小百合さんを好きで、小百合さんは翔太君が好き……」
腕を組んで唸っている校長に、塩川は訊く。
「コメントは書かない方が良いのでしょうか？」
「先生を信頼しているから、生徒が相談してくるのです。もし、裏切ったら、学級運営が難しくなりますよ」
「でしたら、何とコメントをしたらいいのでしょうか？」
「うーん」
「『私は経験豊富だから何でも訊きなさい』と言っていましたよね。校長先生でも無理ですか？」
「勿論、私なら解決できます。ですが、これは先生が成長するチャンスです。そのためには、先生自身が答えを出さなければなりません」
校長は逃げるように去った。
翌日、塩川は授業中に答案用紙を返した。結局、コメントには【経験豊富な校長先生が教えてくれます】と書いた。
答案用紙を受け取った生徒たちは、答案用紙を見せあう。
「何て書いてあった？」
「全部同じだよね」
「校長に振って逃げてる」
「でも、何も書かないよりマシだから、仮合格ということで」
塩川は生徒たちにテストされたのだと悟った。
＜了＞
