第1話

文字数 2,201文字

 これは、本が主役の物語。

起「見つからない本」
 十二歳のユカは中学生になり、一人で町一番の図書館に行くことを許される。学校の部活には入らず、放課後や週末に図書館に通いある本を探すが、なかなか見つからない。ある日、背の高い痩せた司書から「十三月の銀曜日に」もう一度来るよう、銀色の栞を手渡される。こんな人、いたっけ? しかし、栞を差し出した指先には艶がなく、司書なのだろう。見た目より古い本の匂いが染み付いていたから、案外ベテランなのかも知れない。ユカは、次に来た時、ずっと探している本について聞いてみようか、と思った。その前に、十三月の銀曜日が何を意味するのか、調べなければ。

承「十三月の銀曜日」
 銀色の栞には花が描かれており、その花はラナンキュラスらしいことがわかった。適当に選んで借りた本に例の栞を挟んで眠りについたその夜。ユカは気づくと図書館の前にいた。銀色の月が照らす。あれ? 今日は新月ではなかったか。足元にはいつの間にか毛足の長い白い猫がいて、ニャーンと鳴いた。金と銀のオッドアイを持つ白猫が先導して歩くと、堅く閉ざされている筈の扉が誘うように開き、真紅のカーペットが地下へと伸びる。地下には閉架書庫があった筈だが、ユカはこれまで利用を申請したことはなかった。階段を降りて歩くと間も無く「無間書架」と記されたプレートの掲げられた扉が見えた。白猫が再びニャーンと鳴くと、扉が開かれた。昼間、銀色の栞を渡してきた司書が「お待ちしておりました」と出迎えた。

転「カビーカジュの図書館」
 ここは、無間書架。私は司書で、この子は館長。館長の名を取って「カビーカジュの図書館」とも呼ばれます。司書はそう言って、白猫を抱き上げた。カビーカジュとは、本を守る精霊のことらしい。紙で作られた本の天敵は鼠や紙魚なので、猫は守り神なのだそう。
どんな本をお探しですか? 司書が尋ねる。カビーカジュの図書館には、世界中のあらゆる本が蒐集されておりますから、あなたの本もきっと見つかります。司書が白猫を撫でる手に合わせ、ふさふさの尻尾がユラユラ気怠げに踊る。猫が館長の図書館? ユカは夢を見ているのだと合点する。夢物語に付き合ってやるつもりで、探している本の話を打ち明ける。
 白猫はニャーンと鳴くと、こっちに来いと言わんばかりに先導し、暗闇の中を進む。司書は「カビーカジュが早速見つけたようです。流石、館長ですね」と暗闇に紛れる。ユカは慌てて一匹と一人を追う。司書の腕を掴み、真夜中の図書館を彷徨う。地下の筈なのに、整然と並ぶ書架が月明かりに照らされている。木に登るように本の森を自由に駆け巡る猫の毛が白くて助かった。でなければ、見失ってしまうだろう。

結「本の物語」
 司書が差し出した本は、ユカの記憶と寸分違わない、あの人の本だった。藍染の生地をカバーにした従兄の愛読書。父方の伯父の長男だった従兄は病気がちで、ユカの記憶の中では常に床に伏せていた。しかし、読書家で博識だった彼に会うのは、夏休みの楽しみだった。ユカが生まれる前に従兄の実母は亡くなっており、ユカが伯母さんと呼ぶ女性が彼の継母だと知ったのは、彼の葬儀の最中のことだった。あの子は母親に似て病弱だった、腹違いの弟は健康で成績も優秀だから、跡継ぎ争いにならなくて良かったじゃないか。従兄のおかげで本好きとなっていたユカは、年相応以上に言葉を知っており、大人達の無神経な会話を理解するには充分だった。せめて本が好きだった従兄に報いる為、彼の部屋からこの本を持ち出したのだった。従兄のことを「虫」と蔑んだ継母やその息子に渡してなるものか。本当は、従兄の本棚丸ごと欲しかったけれど、持ち出せたのはたった一冊だけ。従兄に最後に会った時、彼が読んでいた本だ。その後、父親の仕事の都合で何度か引っ越した際、紛失してしまったのだった。新しく買い直そうとしたが、書店を何軒回っても見当たらず、図書館通いを始めたのだ。
司書は、この本が何故、今の今まで見つからなかったのかを推理する。ユカさん、あなたは二度とこの本を開かなかったでしょう。だから、カバーで隠れた題名と著者を思い出すことができなかった。ユカさん、よく思い出してみて。お兄さんの部屋をぐるっと囲むような書架に、着物地のカバーがかかっていた本は何冊ありましたか? それらのカバーは何から作られたとお思いです? そして、それは誰が? 例えばこの本。藍染の着物地。柄から察するに、女性の着物です。誰の着物だったのでしょうね。亡くなった伯母さんが、死期を悟り愛息に形見を残した? そうかも知れません。あるいは始まりはそうだったのかも… あと、私も「本の虫」と人からよく言われますが、悪い気はしません。本好きに取っては称号のようなものですから。さて、奥付の発行年月日から、購入された時期を割り出すことは可能でしょうが、一つだけ確かなのは、これは、四六版と呼ばれる一般的な本のサイズとは違うこの本に合わせて作られたカバーだ、ということです。司書は猫を撫でるのと同じ手つきで、その本を一撫ですると、ユカに手渡した。
「貸出期限は、あなたがこの本を必要とするその間。時期が来れば、この栞が本をあるべきところへ返してくれます」

夢だと思っていたユカの手元には、しばらくの間藍色のせつなさに包まれた本があった。

プロットは以上。
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