第2話

文字数 902文字

一週間後、それは明央(あきお)の研究室で極秘に行われた。

「それでは、カテーテル治療を行う」
太く逞しい腕に消毒液が塗られる。
本体である三倉(みくら)は目隠し用カーテンの向こうでベッドに固定されている。
局部麻酔が効いているらしく、手術衣姿の明央が針を押し当てても三倉は何も感じない。

「今から脳の血管に入る。頭を動かすな」
ゴクリと唾を飲み込んだ三倉は、目だけで恐る恐るモニターを見る。
科学の進歩でミクロがマクロだ。
画面いっぱいの丸い血管の中をゴムホースのようなチューブがグイグイ進んで行く。 やがて、モニターの奥から小さな丸い影が現れ、徐々に大きくなっていった。

「うーん……やはり大きいな」
明央が唸る。
「な、なんだよ、それ?」
三倉のノミの心臓は跳ね上がる。
「笑いの壺だ」
「は?……笑いの壺……脳に?」
「そうだ。笑いの壺は大脳辺縁系の扁桃体のゲートに位置する。こいつにハマった情報が笑いとなるんだ。三倉の壺は大き過ぎて、何でもハマってしまっていたんだな」
「そ、そうだったのか……」
三倉は絶句した。
「しかし、入り口さえ狭ければ、ハマり難くなる筈」
明央はモニター映像を睨みながら、マイクロカテーテル先端に取り付けたミクロの針と糸を遠隔操作し、壺の入り口を縫合した。
「凄いな、宇賀ぁ。こんなことができるなんて」
三倉はひたすら感心する。
「よし。入り口は殆ど塞がった。これでもう、無駄に笑うことは無いだろう」
「ありがとよ、宇賀ぁ」
三倉は嗚咽する。
「三倉は素直だな」
明央は嬉しそうに目を細めた。



その一週間後、三倉は再び研究室を訪れた。
「宇賀ぁ。笑いの壺を元に戻してくれ」
「えっ、どうして……」
「全く笑えなくなったんだ。このままじゃ、売上ガタ減りで左遷されちまう。助けてくれ」
泣き出す三倉を見て、明央はプッと噴き出した。
「プラセボ効果(偽薬効果)が効き過ぎたようだな」
「へ?」
三倉はキョトンとする。
「よし、完璧な人口壺の移植手術をしてやる。また、フェイク動画を作るから一週間待ってくれ」
「……あ、ああーっ……そ、そーだったのかぁ~」
全てを悟った三倉が大声で笑い出したことは言うまでもない。

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