第1話

文字数 2,667文字

世の中には「可愛い」「美人」といわれる女性はたくさんいる。そしてその中にさらに才能にも恵まれた人がいる。
『綺麗』『カッコイイ』『素敵』『スゴイ』など、外見・内面それぞれ賞賛する言葉は多い。そしてそれらの褒め言葉のシャワーを浴びた人たちは内心どう思っているかは別として「そんなことないですよ」と謙遜するか、ニッコリ笑って「ありがとう」と素直に受け取る。
でも彼女は違った。
褒め言葉を受けても片方の眉をちょっと上げるだけ。「それで?」とでも言いたげな表情をする。
彼女の名前は、なつみ。
 
「なっつってさ、見た目で損してるって思うことある?」
ショッピングの帰りに立ち寄ったドーナツショップで、カフェラテを飲みながらクラスメイトのかおりが聞いた。
“なっつ”というのは私なつみのニックネーム…ただしかおりしか使わない。
「なんで?」
コーヒー系が苦手な私はほうじ茶ラテを飲みながら問い返した。
「うーん。昨日のことなんだけどね、なっつのこと『ちょっと可愛いからって態度でかいし』みたいに言ってる人たちいたから、ちょっと気になってね」
「そんなこと言ってる人いるんだ」
見た目で陰口を言われているのは、知っていた。それを誰が言っているかも、だいたいの見当はついていた。
「…まみたちでしょ?たぶん」
「あ~。うん。…告げ口みたいで、いやな気分にさせちゃってたらごめんね」
「ううん。大丈夫。でも教えてくれてありがと」
陰口の原因もわかってる。まみが好きだった男子が私に告って、私がそれを断ったからという単純なことだ。告られたのは、正直嬉しいのは嬉しかった。誰かに好かれる…それも学校の中でも人気上位にいる男子から好かれて嬉しくない人は少ないと思う。だけど、今はまだ恋愛そのものにそこまで興味が持てなくて、そんな状態でつきあっても彼に悪いと思ったのだ。だけど、まみ的には『あの人をフるなんて…信じられない。偉そうに何様のつもり?』といったところだろう。だからって、OKしてつきあいだしたらだしたで、違う陰口を言われるのだろうけれど。
「見た目…目がこんなだから性格キツそうってよく言われるのが損といえば損かな?」
「ああ…よく言われてるよね『目ぢからすげえ…キツそう』だっけ?。目そのものには力はないのにね…意思が強そうな目をしてるって言えばいいと思うんだけど」
テーブルの向かい側に座ったかおりは「ね?」といいたげな笑顔で私の目の前で右手の人差し指をくるくると回した。
「やめてよ~トンボになった気分になっちゃう」
私も笑いながら動き回るかおりの指を
右手の親指と人差し指でつまんでとめた。
 
「ほんとにね~。なつみは『と~っても』おもしろいコなんだけどな~」
「まだあのこと言ってるの?もういいかげんやめようよ~。時効時効」
「やぁよ。あんなおもしろいネタだもん。いつまでも言っちゃうもんね。同じくらいの、私のネタをつかめたら、言うのやめてあげるけど」
「もう。そんなのムリだよ~」
あのこと。
それは半年くらい前のこと。
かおりと車で出かけたときのことだった。運転手はかおり。
前の日に読み始めていた本が面白くてとまらなくなって、つい深夜まで起きていて寝不足だった私は、車の中でつい居眠りをしてしまった。その心地よい眠りをかおりの突然の大爆笑がさえぎった。
「もう。やだ~。めっちゃ笑える」げらげら笑いながら、かおりはきょとんとしている私を横目で見て、さらに笑い続けた。
やっと笑いが治まったかおりがその経緯をおしえてくれた。
「なっつがさ、すーすーって気持ちよさそうに寝息をたててたから、起こさないようにって静か~にしてたのね。そしたら突然『ぐう』って言うんだもん。マンガとかで誰かが寝てるときに書いてある擬音語?そのもの」
そんなこと言うはずないでしょう?!とは言い返せなかった。かおりは「そういうウソ」はつかない。そのことは長いつきあいで知っていたから。だから本当に『ぐう』と言ってしまったのだろう。そのあと「安心して。私しか聞いてないし、誰にも言わないし」と続けた。かおりは口が堅いから安心しているけれど、たとえ誰かに言っても信じてくれないだろう…そういうベタな寝言を私が言うなんて。それでも気恥ずかしいからつい過剰に反応してしまう、その反応見たさにネタにして私をからかってた…と後からかおりが言った。
 
店を出て、私たちはぶらぶらと通りを歩き出した。
「あれ?こんなところにこんなお店あったっけ?」かおりが足を止めた。
「雑貨屋さん…?」かおりが木の枠でかこまれた窓から中をのぞきこんだ。
「喫茶店かもよ?」私も道に面した店のかどにある狭いスペースがテラスのようになっていて、そこに木でできて柱に埋め込むように固定された三角のテーブルと、その前に二つ並んで置かれた背もたれのついた丸い木の椅子を見て言った。椅子の後ろ側にはカウンター風の出窓がある。
「可愛いね」
「うん…なんかいい雰囲気」とかおりも気に入った様子で見ている。
「シャシン…撮って大丈夫だよね?」
「いいんじゃないかな?みんなが通るとこに置いてあるんだし…誰も座ってないから肖像権とかも侵害しないし」
「あ~。こんなときに限ってスマホしか持ってない」
私はカバンからスマホを撮りだしてカメラアプリを立ち上げて、写真を撮った。
「うん。綺麗に撮れたんじゃない?」
画面を横からのぞきこんだかおりが右手の親指を立てた「グー」の動作をする。
「グッジョブ!」
「どうする?中に入ってみる?」かおりが聞いてきた。
「どうしようかな。…今日はやめておく。楽しみは後に残す!中を想像して楽しむ時間も、もってみたいし」
「そうだね。そういうのも楽しそう。じゃあ今日はここまでで勘弁してやるとしますか」
「デスね」
そう言って笑いあい、ふたりで店の前を離れた。
「もうすぐ夏休みだね。なっつの予定は?」
「う~ん。特には決まってないけど、たぶん課題もいっぱい出るだろうから、とりあえずはそれをかたづけないとね。あと読めずにいる本もたまっているし。かおりは?」
「私も同じだな~。ねえ夏休みになったら2人でどこか遊びに行かない?日帰りでも泊まりでも」
「いいね。楽しそう。計画立てるとこから楽しそう」
「じゃあ『2人でどこかに遊びに行こうぜ』作戦、発動しますか」
「しましょう!」
 
夏休み。最後の夏休み。
 
今年の夏休みが明けたら、私は『ハタチ』になる。



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