第7話
文字数 1,756文字
「テープ式がよいとのことで、持ってきたのですが、これでよろしいでしょうか」
私はまず、ベンチに置いたオムツのパックを指さした。が、看護師は少しきまり悪そうに、
「これのレシートはまだありますかね?」
レシートはまだ持っていたが、どうしてだろう。
「ありますが、なぜですか?」
と私は聞いた。ただ、そのときにはもう、薄々事情が呑み込めていた。やはり最初に説明してくれた看護師が正しかったのだろう。必要となるのは、前 に持ち込んでいるパンツ式なのだが、一昨日の看護師にはトイレのトレーニングをするという方針が伝わっておらず、勘違いしたというところではないか。
「いえ、もしかすると使わないことになるかもしれません」
看護師が答える。彼のなかではもう使わないことははっきりしていて、返品できるのなら、返品したほうがよいと考えている。ただ、私はもう、今持ってきたオムツをまた提げて帰るのが億劫でしようがなかった。
「もし使わなければまた持って帰りますので、お渡ししておいてもよろしいですか」
私は言った。いつかまた持って帰るとしても、今日でなければ、ひとまずそれでよかった。
「わかりました」
と看護師はうなずいた。
「それと、靴ですね。この間は間に合わせに持ってきたので……あと充電ケーブルです」
三日前、靴と充電ケーブルが必要だと守男から電話が入ったとき、私はもう病院への移動中で、途中の鉄道駅まで出てきてしまっていた。そこで、鉄道駅の近くのショッピングセンターで靴と充電ケーブルを買い、病院に持ち込んだのだった。今日は改めて、家にあった靴と充電ケーブルを持ってきたのである。
「ああ、この前のは合わなかったですからね。合うかどうか、ちょっと確認してきますね」
いったん中に入った看護師は、程なく戻って来、
「あれで合うようです」
となぜか苦笑いした。守男がまた、何か余計なことを口走ったのかもしれない。
「これは合わなかったので」
と彼は私に百円ショップで買った充電ケーブルを返した。私が受け取ると、
「靴ももうこれは使わないので」
続いて彼はしまむらで買った靴を差し出す。
「それとパソコンは、どうせワイファイが繋がらないので、持って帰ってもらってもよろしいですか。コップを手で払ったりして、濡らしてしまうこともあるんですよ」
一般病棟に移れば病院のワイファイが使えるが、ここでは使えないということは聞いていた。どうも、ワイファイも使えないのか、何もできないじゃないか、と守男がスタッフに食って掛かったということがあったらしい。また、スタッフが世話をしようとするのを、何が気に障ったのか守男が払いのけたために、コップの中身がこぼれ、パソコンを濡らしたこともあったようだ。 私はノートパソコンとマウスが入った紙袋を素直に受け取った。
最後に看護師が、
「安田がすぐに来ますので、少しお待ちいただいてもいいですか」
と聞く。もちろん問題はない。
ベンチで待っていると、すぐに安田さんが姿を現した。彼女は一度立ち上がった私を制して、隣に腰を下ろした。お互い、少し斜めになって浅く腰掛ける体勢になった。
「わたし、今日何度かお電話したんですが、返信がなかったので」
安田さんが言う。
「え、そうですか? 着信はなかったですが」
私はスマートフォンを取り出したが、やはり円大病院からの着信はなかった。
「おかしいですね、ちょっと確認しましょうか」
安田さんはファイルを開き、資料の私の電話番号を読み上げた。
「〇九〇-****-***八」
「七ですね」
私は言った。どうやら、入院手続をしてくれた袴田さんが、番号の転記を誤ったらしい。最初、円大病院に電話を掛けた際に要領を得なかったのもそのせいかもしれない。いや、病院から電話が来ないことが少し不審だったが、掛けていても繋がるはずはなかった。私にはようやく腑に落ちた。
「よかった。登録直しときますね」
安田さんは笑い、
「転院先の調整に入ったことをお知らせしたかったんです」
「すると、番号が違っていたことで、何かタイムロスが生じてしまったわけではありませんね」
と私は確認した。
「それはありません。大丈夫です」
安田さんはまた笑い、「まだ日にちは決まってませんが、来週初めには一般病棟に移ることになる予定です」
私はまず、ベンチに置いたオムツのパックを指さした。が、看護師は少しきまり悪そうに、
「これのレシートはまだありますかね?」
レシートはまだ持っていたが、どうしてだろう。
「ありますが、なぜですか?」
と私は聞いた。ただ、そのときにはもう、薄々事情が呑み込めていた。やはり最初に説明してくれた看護師が正しかったのだろう。必要となるのは、
「いえ、もしかすると使わないことになるかもしれません」
看護師が答える。彼のなかではもう使わないことははっきりしていて、返品できるのなら、返品したほうがよいと考えている。ただ、私はもう、今持ってきたオムツをまた提げて帰るのが億劫でしようがなかった。
「もし使わなければまた持って帰りますので、お渡ししておいてもよろしいですか」
私は言った。いつかまた持って帰るとしても、今日でなければ、ひとまずそれでよかった。
「わかりました」
と看護師はうなずいた。
「それと、靴ですね。この間は間に合わせに持ってきたので……あと充電ケーブルです」
三日前、靴と充電ケーブルが必要だと守男から電話が入ったとき、私はもう病院への移動中で、途中の鉄道駅まで出てきてしまっていた。そこで、鉄道駅の近くのショッピングセンターで靴と充電ケーブルを買い、病院に持ち込んだのだった。今日は改めて、家にあった靴と充電ケーブルを持ってきたのである。
「ああ、この前のは合わなかったですからね。合うかどうか、ちょっと確認してきますね」
いったん中に入った看護師は、程なく戻って来、
「あれで合うようです」
となぜか苦笑いした。守男がまた、何か余計なことを口走ったのかもしれない。
「これは合わなかったので」
と彼は私に百円ショップで買った充電ケーブルを返した。私が受け取ると、
「靴ももうこれは使わないので」
続いて彼はしまむらで買った靴を差し出す。
「それとパソコンは、どうせワイファイが繋がらないので、持って帰ってもらってもよろしいですか。コップを手で払ったりして、濡らしてしまうこともあるんですよ」
一般病棟に移れば病院のワイファイが使えるが、ここでは使えないということは聞いていた。どうも、ワイファイも使えないのか、何もできないじゃないか、と守男がスタッフに食って掛かったということがあったらしい。また、スタッフが世話をしようとするのを、何が気に障ったのか守男が払いのけたために、コップの中身がこぼれ、パソコンを濡らしたこともあったようだ。 私はノートパソコンとマウスが入った紙袋を素直に受け取った。
最後に看護師が、
「安田がすぐに来ますので、少しお待ちいただいてもいいですか」
と聞く。もちろん問題はない。
ベンチで待っていると、すぐに安田さんが姿を現した。彼女は一度立ち上がった私を制して、隣に腰を下ろした。お互い、少し斜めになって浅く腰掛ける体勢になった。
「わたし、今日何度かお電話したんですが、返信がなかったので」
安田さんが言う。
「え、そうですか? 着信はなかったですが」
私はスマートフォンを取り出したが、やはり円大病院からの着信はなかった。
「おかしいですね、ちょっと確認しましょうか」
安田さんはファイルを開き、資料の私の電話番号を読み上げた。
「〇九〇-****-***八」
「七ですね」
私は言った。どうやら、入院手続をしてくれた袴田さんが、番号の転記を誤ったらしい。最初、円大病院に電話を掛けた際に要領を得なかったのもそのせいかもしれない。いや、病院から電話が来ないことが少し不審だったが、掛けていても繋がるはずはなかった。私にはようやく腑に落ちた。
「よかった。登録直しときますね」
安田さんは笑い、
「転院先の調整に入ったことをお知らせしたかったんです」
「すると、番号が違っていたことで、何かタイムロスが生じてしまったわけではありませんね」
と私は確認した。
「それはありません。大丈夫です」
安田さんはまた笑い、「まだ日にちは決まってませんが、来週初めには一般病棟に移ることになる予定です」