陥落の真相
文字数 1,545文字
「村長、先日行方不明になった魔術師殿の代わりが来ました」
「うむ、通せ」
村長の屋敷に招かれた魔術師、それは若い女だった。
「…………」
入ってきた女に驚く村長。見かけは完全に普通の都会風の女であった。
「あなたが村長ですか?」
「……あ、ああ」
先任の行方不明になった魔術師と比べ、何一つ年季を感じさせないその姿はそれだけで村長の不安を煽るものであった。
「とりあえず、お前さんには村の警備をしてほしい。近頃魔物の襲撃が多くてな」
「わかりました。ですがその前に、村にいる方を全員集めて下さい」
「…………?」
妙な事を言う女。挨拶がしたいのなら自分の足で廻って行けばよいだけの話。
それでも村長は言う通りにした。何をするのかは知らないが、仕事に必要なことなのかもしれない。
「…………」
集められた村人を見つめる女。己の頭の左右に握り手を当てながら呪文を唱えている。
「…………」
かれこれ三十分以上、一体何をしているのだろうか。静かにしてくれと言われてもつい尋ねたくなってしまう。それでも村長は言いつけ通り黙って見守る。
「……なるほど」
終わったらしい。
「……何をしていたのじゃ?」
手を降ろしたのを見てから、村長が尋ねた。
「皆様の中に魔物がいないか調べていました」
単刀直入に言う女。それに村人達がざわめきだした。
「おい、それはどういうことだ?」
「俺達を疑っているのか!?」
怒るのももっともだろう。それをなだめるように女は答えた。
「調べたところ、皆さんは全員人間です。しかしこの村にはあなた方の知らないところに魔物がいます」
意味深な一言。それが真実だとしても、何を根拠に彼女はそう言いきっているのか。
「お疲れ様でした。もう帰って大丈夫です」
「…………」
「感じる……魔物の気配を。この村のどこか……大地と水地の境界線……そこに魔物はいる……」
村人達を意に返さず呪文を唱え始める彼女。村人達は気味が悪いと言わんばかりに去って行った。
残った村長も彼女を疑っていた。ギルドは支払った予算の範囲で最も腕がいい魔術師を派遣すると言っていた。
しかし彼女の魔法は意味不明。何か奇跡が起こるわけでもない呪文を長時間唱え続けているだけ。もしかしたら彼女には何かが見えているのかもしれないが、自分達が見えないものを信じることができるはずがない。ギルドの保証がなかったら間違いなく詐欺師として村からつまみだしただろう。
「……見えたッ!!」
そして彼女は一人、どこかへ走って行った。何が見えたのか、その説明すらなく。
彼女のことを信じられない村長は、このことをひとまず忘れ熱意ある若者達の鍛錬を視察し、気晴らしをすることにした。
――翌朝、井戸へ向かうとそこには力尽きた魔物と外で寝る彼女がいた。
「…………」
死んでいたのは全身がうろこで包まれたギルマン。外傷は頭部の一か所だけにあり、一撃で殺されたことが見て取れた。
「……あ、おはようございます」
目覚めた彼女の元気そうな挨拶。何一つ疲れを感じさせなかった。
「……なぜ侵入者がいるとわかったのじゃ?」
「私の魔法は、魔物の気配を探知する魔法。村に来てからずっと、微弱ですが気配を感じていたのです」
――村人を集めたのは、より正確な探知を行いたかったから。三十分以上も呪文を唱え続けたのは一人一人の気配を正確に調べていたため。全員が無実とわかった彼女は、最終的に井戸の中に潜伏していたこのギルマンを見つけ出したのだ。
「……お前さん、あんたは一体?」
ようやく名を尋ねられた彼女は、自慢気に名乗った。
「私はエリザベート・クロウリー。伝説の魔術師アレイスターの弟子だ!!」
その師の名は誰も知らない魔術師であった。当然である。彼女は異なる世界から来た魔術師なのだから。