その3 猫舌  ※お題:怒り

文字数 1,133文字

【登場人物】
小川悟(30) 若い父親
土田興太郎(55) 区議会議員
土田興一(23) その息子、大学生

* * * * * * * * *

 SE (りん)の音

興太郎「あーせいせいした」
悟「『せいせいした』……?」
興太郎「ずっとうかがいたかったんですよ、こうしてお仏壇に手を合わせてね、お花も供えて。息子にもよく言って聞かせたんです。ほら、ちゃんと謝りなさい」
興一「(しぶしぶ)どうもすいませんでした」
興太郎「免許取り立てでしてね、うちは国産車じゃないものですから車高が高くって、小さいお子さんがよく見えなかったって言うんですよ。すみませんね、この子も大学の卒業をひかえておりまして、私も次の選挙があるもんですから」
悟「お茶、どうぞ」
興太郎「ありがとうございます。熱っ! ははは、すみません、猫舌でしてね、どうも、玉露に慣れてるもんですから。お嬢さんおいくつでしたっけ? 十歳?」
悟「五歳です」
興太郎「ああ可愛い盛りでしたな、お気の毒に。しかしなんですな、道路で一人で遊ばせるというのは。やはり父子家庭だと目が行き届かないんですかね。福祉の予算を増やさせないといかんですな。いや本当にどうも申し訳ございません、(興一に)やめなさい、こんなところで出された菓子を食べるもんじゃない」

 SE 湯呑のお茶を浴びせる音

興太郎「熱っ!! 何するんだ君は、うわっ花瓶を下ろしなさい、せっかくの花が、警察を呼びますよ、助けてくれ!」
悟「(殴打しつつ)どうして彩香(さやか)が死んで、お前らが生きてるんだ! どうして! どうして!(号泣)」

 殴打の音つづいて――

(完)

* * * * * * * * *

「怒り」というお題で書いたものです。字数制限は原稿用紙2枚(800字)。
人間はふつう、きゅうに怒りはしないので、怒るまでのプロセスと怒ってからの表現を、
しかも聴覚だけで、2枚に収めるというね!
けっこうハードな課題でしたよ、北阪先生!

怒っているほうの人物の台詞を、極度に減らす、という方法で応えてみました。

正直、いやな人間を書いたり、いやな感情を書いたりするのが、私は苦手です。
とある「いやミス」の作家さんが、
「自分の中のいやなものを吐き出さずにいられないから」
ということを仰っていたのですが、私はどうも逆みたいです。
そういう自分の嘔吐物を、知らない人に読んでもらうのは、申し訳なくて恥ずかしくていたたまれない。

なんて言いながら、じっさいに書いてみると、やっぱり自分の心の奥の黒い部分が出てきますね(笑)。
この議員の父親には、実在のモデルがいます(笑)。

ははは。

何が「ははは」だ私よ。
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