第1話

文字数 1,998文字

 前の席の白鳥くんは、鳥人間の末裔だ。
背中からは真っ白な羽が生えていて、瞳孔も鳥のように大きい。
入学当初はその見た目と特異さから怖がる人もいたけれど、彼の持つ柔らかな雰囲気、そして優しさからあっという間にクラスの人気者になっていった。
高身長で顔も整っているから、気になっている女子も多いみたい。
そんな彼だけど、私だけが知っていることがある。
お昼過ぎの授業の時、羽に窓からさす光が当たって、おひさまのにおいがすること。
プリントを回してもらう時、距離が近くなることを口実に、そのにおいをこっそりとかいでいることだけはばれちゃいけない。
はずだったのに…。
「相馬さんさ、プリント回すときいっつも俺の羽のにおいかいでない?」
簡単にばれていた。
帰りの会が終わり、みんなが席を立っていたところ、その爆弾発言は飛んできた。
「え、うっ…。そんなこと…ないよ。」
しどろもどろに答える。目も泳いでいて挙動不審にもほどがある。
隠れて体臭をかいでいる変態女だなんて、ばれるわけにはいかない。
「こんな羽が生えてるから獣臭いって思われがちだけど、実際は毎日洗っているし、そこは普通の人と変わらないよ。気に障ったらごめんね。」
白鳥くんが傷ついた顔をしている。
鳥人間は、今でこそ人間と共存しているけれど、一昔前までは差別の対象だったと聞く。現代でも私のおばあちゃん世代なんかは、嫌悪感を抱く人も多いみたいだ。
もしかして、私はものすごく酷いことをしてしまったんじゃ…。
「それじゃあ、行くね。」
白鳥くんがショルダーバッグを首にかけて、席を離れようとする。
「待って!」
私、最低だ。自分のことしか考えていなかった。
「違うの。そんな考えでにおいをかいでいたんじゃないの。」
白鳥くんの顔をちゃんと見ることができない。きっと呆れて軽蔑しているはずだ。
「白鳥くんの羽が太陽に当たるとね、すごくいいにおいがするの。私、それが大好きで…。この席で、名字が相馬で、白鳥くんの席の後ろで良かったって思ってて。でも、そんなの白鳥くんからしたら嫌に決まってるよね。不快な行動をしてしまって本当にごめんなさい。」
頭を深く下げる。自分が恥ずかしすぎて消えてしまいたい。
しばらく沈黙が流れ、おそるおそる顔をあげる。
すると、白鳥くんの顔は真っ赤になっていた。
「え…。」
「ごめん、そんなこと言われるとは思っていなくて。羽のにおいが好きなんて人、初めてだったから。」
あまりのうろたえっぷりに、こっちまで顔が赤くなる。
「こっちこそごめん。勝手に勘違いして責めるようなこと言ってしまって。」
「ううん、私が悪いの。」
そう思わせるような行動を取ってしまったこと自体が悪いんだ。というか、誰だってこっそりにおいをかがれたら嫌に決まっている。
「…言ってくれれば、好きなだけかいでいいよ。」
そう言うと、白鳥くんは羽を広げた。
後光が差し込んでいて、まるで天使のようだ。
「えっ、でもそんなこと…。」
周りに見られたら何を言われるのかたまったもんじゃない、と思ったものの、教室にはもう私たちしかいなかった。
「…嫌じゃない?」
「こっそりかがれるよりかは、まあ。」
完全な肯定とは言い難い返事だけど、あのおひさまのにおいを、堪能できるなんて。
甘い誘いに思わず乗ってしまう。
「ちょっと待ってて。」
そう言うと、教室のドアを閉めに行く。
誰かが入って来ないように、鍵もかけておく。
「それじゃあ、いいかな。」
「…うん。いいよ。」
羽の前に立つ。
ちょうど、白鳥くんの羽が生えているあたりと私の鼻の位置が同じくらいだ。
羽に鼻を近づけ、すう、と吸い込むと、肺のなかいっぱいにおひさまの香りが広がる。
天気のいい日曜日に干した布団にダイブするより、暖かみがあって全身に包まれているような気がする。
目の前にある羽に触れる。
ほんのり暖かみがあって、絹のような光沢があふれている。
「きれい。」
手でさらさらと梳いてみると、小刻みに羽が震え始めた。
「…相馬さん、ストップ。」
気が付くと、白鳥くんが顔を左手で覆っていた。隙間から見える肌はさっきよりも真っ赤だった。
「ご、ごめん!」
我に返り、羽から手を離す。
こんなの、変態どころか痴女って思われても仕方がない。
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけ。またにおいたくなったら言って。」
なんて心が広いんだ、白鳥くん。
それじゃあまたにおわせて、なんて言ったら本当に変態に成り下がっちゃう。
「気遣ってくれてありがとうね、それじゃあまた明日!」
そう言い残すと、急いで教室を後にした。
白鳥くんはああいってくれたけど、こんなことはもう最後にしよう。
これからはおひさまのにおいのことなんか忘れて、健全な女子高生になるんだ。
ふと、白鳥くんの照れた顔を思い出す。
鼓動が早いのは、走ったせいに違いない。
はずだ。

〈登場人物〉
相馬小春:キラキラ高校生活を夢見る高校1年生。
白鳥真二:鳥人間の末裔。真っ白な翼を持つ。

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