小説書きなんて皆、嘘つき
文字数 2,000文字
ひと目見た時から先輩のこと気になってたから、「ごめんね、」の言葉と共にこっそり手渡されたメモ用紙に11桁の番号が書いてあるのをチラ見して、嬉しくないはずがなかった。もちろんその場ではノーリアクション。捜し物する風を装ってバッグの内ポケットにそっとしまう。
メモの番号をタップしたのは夜遅く。お風呂に入った後、髪を整え、ビューラーでまつ毛ぱっちり唇にはピンクのグロス、少しだけだけど首筋と手首にコロンまで付けた。SNSのビデオ通話でさえないのに我ながら舞い上がり過ぎだと思う。
コール音が5回鳴った所で繋がった。
「えー、っと。こんばんは。山崎、先輩、ですか?」
「……あー、高坂ちゃん? 良かったー。かけてくれて」
ほうーっ。ため息みたいな長い息が耳元で聞こえる。
「今日はコーヒー零しちゃってごめん」
「あ、いえ、そんな」
「服、大丈夫だった? シミになってない?」
「はい。大丈夫でした」
「ほんとに? あの後バイトの面接だったから急いでて。ハンカチ置いてくだけで悪いと思ったんだけど」
「本当です。あ、でも、汚れちゃってたら先輩に何か奢ってもらえたとか?」
しまったー失敗しちゃったかなー。おどけて笑ってみせたら、
「汚れてなくても奢るよ」
とまじめな声。聞いて慌てる。
「冗談です、ごめんなさい」
「いや、こっちは冗談じゃないから。前から誘いたかったんだ。これで電話もらえなかったら凹んでた。だからほんとにほんとにご飯行こうよ?」
あ、ご飯じゃなくても高坂ちゃんのリクエストなら何でもどこでも行く。だから。
先輩、すっごい早口。聞いてる私の胸の鼓動も一緒に早くなる。電話だけでこれだもの、ふたりでご飯だなんて喉を通るかな、なんて心配になるくらい。でも嬉しい。
それからはあっという間。文芸サークルで一緒にいる時間より、先輩の住む大学近くのワンルームで過ごしてる方が長い気がする。
「
「……うーん、まぁまぁ?」
「おれもそろそろ集中して書きたいから、しばらく会う時間、減らさないか?」
「えー? そこまでしなくっても良くない?」
「何言ってるんだよ。新歓号は注目度高いんだぞ? せっかくだから気合い入れて書こうよ」
「んー。じゃあ頑張ってみる。でも、
「だったらそういうの書けばいいじゃん。切ない恋愛物」
「そんなの書いたこと無いもん」
「じゃあどんなの書くんだよ?」
「内緒。先輩は?」
「おれ? おれは今のは異世界転生」
「わぁ、意外」
そうか? と笑った先輩は、
「作品、智奈に読んでもらって、おれのこともっと好きにさせたい。それだけ本気で書きたいからごめん、しばらく時間くれ」
なんて言って両手を顔の前で合わせてくる。だから頬を膨らませて上目遣いで軽く睨んだ。
「もう。仕方ないなぁ」
「サンキュ。智奈、愛してる」
先輩はそう言うと、私のことギュッと抱きしめた。
実はこの前、うっかり聞いちゃったの。悠真先輩がサークルの男の先輩たちとこそこそ立ち話してるのを。
「おまえさ、その女癖、ほんとどうにかならないの?」
「さすがにマズくないか? 新入生と付き合っておきながら新しいバイト先の子にも手を出すとか」
慌てて柱の影に隠れて聞き耳立てる。
「大丈夫。バレなきゃやってないのと同じだろ」
「うわ。鬼畜発言」
「いくらモテるからって酷くない?」
ほんと酷い。でも、薄々気付いてたんだ。最近、何か怪しいって。
「そうか? そもそも小説書くやつなんて皆、大抵、嘘つきじゃねーか」
「言ったな?」
「マジおまえと一緒にされたくないわー」
うん。先輩の言う通り、小説書くひとはたしかに大抵、嘘つきかもしれない。でもね、先輩、分かってる? 私だって同じ文芸サークルの一員だってこと。
「だいたいお前の手口、テンプレなんだよな」
「ほんとほんと。これで何度目? コーヒーわざと零してきっかけ作るって」
「うるせぇ。毎度、違う子相手に転生してるんだよ」
「だったらチートハーレム書いた方が早くね?」
「言えてる」
ギャハハ、と大笑いしながら先輩たちが立ち去るのを柱の影からじっと見てた。
分かってた。あのメモ書きからちゃんと。
だっておかしいでしょ。番号書く時間なんてあの時なかったはず。ってことは予め書いて持ち歩いてたってことだよね?
あの時サッとハンカチタオル置いてったことにも後から引っかかってた。付き合って、普段は結構だらしないのを知ったから。
そういう訳で、立ち話を聞いてからコツコツ書いてる。
タイトルは「小説書く男なんて大抵嘘つき」。
導入部分は恋愛っぽいけど、その実、心理サスペンス。場合によってはホラーテイストも加える。そうだ、最後の部分は告白調で書いてもいいかもしれない。それもこれも全ては先輩次第。
何にしても、先輩の異世界物より面白い自信、ありますから、お楽しみに。