第1話

文字数 9,843文字

これはあれから八年目の出来事だ。
                            /守護天使
―――――――――――――――――――――――――――――――――
               /1
日が昇る。
潮気が香る。

午前5時。

タプン、タプンと。
揺れるはお湯のさざめき。

「しみるわあ」

裸で浴びるには冷たい風。
裸で浸かるには最高のお湯。

「やっぱり、露天サイコウー」

周囲に人影ゼロ。
いや、そもそもこのアクアスパの浴場そのものに誰もいない今。

「ああぁぁ」

鳴く声は社会人三年目の俺、ただ一人。

「やっぱり」

「朝風呂と、海辺の景色で……一人読書……最高だわ」

ホテルシーパレスリゾートの朝風呂開店は早朝5時。
とはいっても、ホテルに泊まるお客さんはモーニングを済ませた後が多く、
何よりも、周囲が豊橋市の施設しかなく、住宅街から外れた立地となれば、
平日の朝風呂は貸切状態。

で、あれば。

「ヒースクリフ、ここまでするか、普通」

文庫一つ、風呂場に持ってきても誰に文句を言われる必要があるだろう。

☆超贅沢☆

朝風呂で身体を温め
読書で心を満たす。

そんな、ナルシスティズム全開の朝、今日もいつもの日々を俺は迎えている。
                 ◇
三月も下旬。
朝日昇る、早朝に。
身体の芯を温めながらの、読書タイム。

「ン―――――」

頭の中で連想する景色は「峰不二子という女」のアニメOP画。
嵐が丘のヒースクリフのように、という文言が気になり、実際に読んでみようと購入。

すでに始まったヒースクリフの逆襲物語。
ふむ、と。

誰が誰だったか。
リントンエドガーだったり、リントンイザベラだったりと。
どうにも人間関係がいつになっても整理できない。

その度に、カバー挿絵裏に書いた相関図を見返すわけだが。

「おッ!?と」

揺蕩う温泉水に浸かりそうになり焦る。

「ふう」

一人絶景を体感し、もうそろそろ中に戻ろうと立ち上がる。

自分しかいない浴室内はまだまだ開店したての真新しさ。
柱にも、床下にだって、水滴が落ちていない様だ。

ぽいっと。

広い浴室様々、文庫を柱上に置き、洗い場へと移動する。

「ふう」

温泉はいい。
外から入る空気に自然を感じられる。

仕事が始まる前。

リフレッシュするに、この環境はどうしてこんなにもすがすがしいのだろう。

貸切状態であることも相まって、贅沢三昧の俺は豪快にシャワーを強四十度超の熱湯を全身にかけていく。

顔というよりも、下の穴にあてるソレは刺激的で、いっそこのまま一人でイッてっしまおうかとさえ考えてしまう。

「さすがに、やばいか」

よいしょっと。
椅子にかけ、曇りだした鏡にシャワーをあてつつ、前髪をあげて。

「ナアァッッッッ!!!!???!?!?!?」

ふう、と呼吸を置く自分は消えていた。

「え? え? え?」

鏡越し。

真後ろに。

―――――裸の女性がいる。
                 ◇
「―――――――」

呼吸がとまった。

鏡越しの女性の下半身らしきものが見える。

目を凝らす。

湯気だっていない銭湯なのに。

振り向くことをせず。

ただ、凝視する。

――――生えて、は、いる?

剃って―――――いる?

というか。

骨盤が。

両太ももから上。

浮き出た骨に引っ張られる形で丸みを帯びた婉曲の膨らみに、そっと。

割れ目がかすかに見えそうで、見えなくて。

その上。

その上に、凝らせば凝らすほど、そのチクチクが見えそうで、見えなくて。

「――――」

細い身体。

おへそ。

おへそはしずんでる。

あ。

すぐに肋骨だ。

肋骨の形と思えば。

買い物袋を二つ。

数日分の食料を買った買い物袋が二つ肋骨の上にある。

もし。

仮に。

二つ、三つの買い物で済ませられるような量なら、
きっと、そっちの方が、自然だったと思う。

でも。

違った。

膨らみがあるからこそ。

細すぎる腰回りとの調合がとれなくて。

ゴクリ、と。

「―――――――――――え」

今。

やっと。

鼻で呼吸した。
                 ◇

君は、自分の知覚を信じられないと思ったことがあるだろうか。

目の前には道路がある。
コンクリートの色も、両端の草場も、空も、電柱も見えている。

うん。見えてはいるんだ。

ただ、なんだか。
信じられない。

自分が触れている体感も。
自分が嗅いでいる空間も。

単純に、信じられない…

「信じたくないじゃなくて?」

「うおおおおお!」

え? え? え?

一旦、整理しよう。

俺は今どこにいる?
―――自分の車(社会人2年目時に購入したNOTE)の中。
俺は今何をしている?
―――とりあえず、いつものホール(パチンコ屋)に向かってる。
俺は今何が見えている?

「だから、睦緒君が心の中で思ってることも私にはわかるんだって!」

はあ、はあ、はあ、はあ。

「ちょっと、信号青だよ!」

「うおおおお」

「って、いきなり、急ブレーキしないの!」

「っ痛!」

「ほらもう。大丈夫?」

「いや、シートベルトに締め付けられただけ…って」

「ん?」

わからない。
どうして、裸の女性が後部座席にいるのか。
どうして、俺だけに見えているのか。
どうして、どうして、どうして、どうして。

「うるさいなー」

「どうして、羽根が生えてて!どうして、物をすり抜けて!どうして、どうして、どうして、っていうか、いったい何なんだ!」

「……………」

自分の気持ちを声に出す。
声を耳で聞く。
目の前に見えるのは事実だと、自分自身で確認する。
確認できる現象なのに、認識したくないと心が否定する。

「いい加減、知覚、するしかないんじゃないかな。睦緒君?」

………。

とりあえず、理由も何もかもかなぐり捨てて、ただただただただ。
受け容れいる、ことに専念しよう。

「信号が変わっていることも受け入れてね」

「………はい」

                 ◇

時は遡り、30分ほど前。

―――――――――――――ッ!

ナッ! だったか。
ンッ! だったか。

あの時。
鏡ごしに裸の女性を見た俺が、どう声を上げたかは定かではない。

ただただ。

焦ったのは覚えている。
振り返り、そして、声をかけた、はず。

どうしたんですか、だったか。
何をしてるんですか、だったか。

とにもかくにも、ここは男湯で、俺が間違っているわけではない。

たぶん、そう思いたかったんだ。

なにせ、客は俺一人だけ。
早朝、開店一番乗り。

万が一にも、男湯と女湯を間違えて入ってしまっていた。

そんなことがあってはいけないと、自分ではなく、貴女が間違っているのですよと、声に出すことで正当化を図った気が……する、たぶん。

で。

――――――――――――ッ?

返事がないのだ。

裸の貴女はこちらをただ上から見下ろしているだけ。

そうだ。

違和感だ。

違和感があったんだ。

見上げる俺の視野の中。
眼球を下におろせず、ただただ、目線を合わせるだけに、留めろと。

背中に風が走った。
もちろん、シャワーを止めていたこともあったし、
もしくは、湯冷めし始めたこともあったのだろう。

なんだか、寒くなってきて。
なんだか、目線を下しちゃ……だめって。

――――――――――――ッ……。

一目散に立った。

自分が裸であることを忘れたわけじゃない。

椅子から立ち上がれば、貴女と距離が近くなる…
というよりは、ぶつかってしまうかもしれない。

思いもしたけど、身体が先に動いたんだ。

寒気が冷や汗に変わったのはその時。

ぶつかるはずの接触が、すり抜けに変わったとき。

湯気が幻を見せているのかとか。
実は疲れていて、変な妄想を見せているんじゃないかとか。

風呂場から早々に出ようと身体を動かしながら、

一歩。
一歩。

足を動かす間に、多くのことを考えた。

――――――――――――。

やばい、やばい、やばい、やばい、やばい。
やばい、やばい、やばい、やばい、やばい。
やばい、やばい、やばい、やばい、やばい。

ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。

っと。

ガラガラガラ。

風呂場からでる際に開けたドアの音を聞いたとき。

やっぱり、これは現実で。
やっぱり、今がリアルだ。

そう感じ取れたから、振り返ったんだ。

で。

――――――――――――「ふふ。」

ああ、思い出した。

俺、笑っちゃんだ。

いるんだもん。

そこに。

――――――――――――「おばけ。」

骨盤から下、脚が生えてなかったの。

宙に飛んでるって言えばいいのか、
綺麗な女性が裸になって、で。

――――――――――――「てんし?」

白色の翼みたいな、白いもやもやが背中越しに見えたんだ。

うんうん。

風呂場から出て、のれんをくぐって、お客さんに会ったとき。
振り返ると、貴女はそのまま着いてきてたよね。

お客さんは何も声を出さないし、
階段を下りて、カウンターのお兄さんに助けを求めようと
目であいさつしても、『ありがとうございました』って、笑顔で言ってきたよね。

うんうん。

もうダメだって、思ったよ。

車に戻ります。
扉を開ける前に、もう一度振り返ります。
はい、居ます。

もう、ここまで来たら、疑うべきは、目の前の現象ではなく、
自分になるよね。

「ねえ、ねえ」

「……はい」

「回想中に、悪いんだけさ」

「……はい」

「睦緒君の回想には二か所、大事なところが欠けてると思うの」

「……はい?」

「一つ目」

「……」

「初めての出会いは、そんな焦りじゃなく、
 貴方は私を視姦するかのごとく、随分詳細に見定めていたはずだよ」

「……はい」

「で、二つ目は」

「……えっと、すいません」

「いや、二つ目は単純に」

「……? まだ信号は赤だけど」

「文庫本、お風呂場に置いてきちゃったけど、いいの?」

「――――――――――――あッ。 あああっっ!」

「ふふ。取りに行く?」

「戻ったら、俺はいつもの日常に戻れるかな?」

「いや、私がどうして、睦緒君の前にいるのか。
 そもそも、私は誰なのか。
 というか、私は一体何者なのか。
 私だって、わからないんだもん。
 
 ただ言えるのは、この私は睦緒君にしか認識されていないこと。
 それと、私は私としての自我があるってこと。

 とはいっても、物理法則に従わない時点で人間ではないことがわかる程度のものだけどね。」

「……とりあえず、帰ります」

「安全運転で、よろしくって…事故しても、私は死なないのかな。
 いや、やっぱりすでに死んでるのかな?」

「……」

はあ。
とりあえず、今は安全運転で今日を乗り越えるしかないってこと。

                 ◇

「ねえ、どうして、こんなところにいるの?」

ルーティーン。
日常と変わらぬ立ち回り。

「ちょっとー、無視ですかー?」

9時開店に合うように駐車し、馴染みのある店員に会釈する。

「むー」

はあ。
朝風呂からここまで続く幻聴。

「っ! 幻聴じゃないってばーって、ん?
 睦緒君にしか聞こえないなら幻聴? なのかな?」

思考が会話になる不思議。
周囲は誰一人として、自分のコレを異変と気づかない事実。

「って、うるさいなー。ほんと」

今日はこの台にしよう。
朝一初当たりが早いといいが。

「あのさ。睦緒君って、もしかして、ニートなの?」

……違う。

「あ、やっと答えてくれたね」

……ち。

「あ、舌打ちした! ん? 
 実際に舌打ちしたわけじゃないなら、違うのかな?」

あのさ。

「何?」

これは何なの!?
幻聴じゃないなら、何!
俺が作りだした妄想なんだよね?
やばいよやばいよ。
自分で妄想しておいて、その妄想を自分で否定したいのに、否定できないなんて。ほんとどうかしてるよね。心療内科とかにやっぱり、行った方がいいのかな。あー、おかしい、おかしい!いつもと同じことをすれば、消えると思ったのに、どうして、どうして、裸姿の女の人が俺の背後にずっと憑いているの!これは何!ほんと、

「おかしいよッ!」

「…………睦緒君、隣の人がめっちゃ見てる……」

「―――す、すいません」

って、今俺、心の中で思ってたことを声に出しちゃったのか。

「そうだよ」

……ねえ。

「何?」

貴女は俺に話しかけてる?それとも、心で思ってる?

「ん? どういうこと?」

いや、話そうと思ってるのか、考えたことで意思疎通できてしまっているのか…。

「なるほど。睦緒君は、考えたことが私に伝わっちゃってるもんね」

……。

「そういうことなら、私は貴方に話しをしているよ。
 つまり、声を出しているってわけだね」

そう。

「ねえねえ、それよりもさ、私のことをアナタって呼ぶのはどうかなーと思うんだよ」

……そうはいっても。

「そりゃあさ、私自身、私のことがわからないよ。
 名前はもちろん、私は霊なのか、お化けなのか。っていうか、霊とお化けの違いもわからないけど」

俺も知らないよ。
……あ。

「何?」

反射はするんだ。

「?」

いや、今パチンコの演出で真っ暗だったとき、貴女が見えたから。

「だって、最初に会ったのが鏡越しじゃん」

あ、そうか。
……そうだった。

「あ、今、エッチなこと思いだしだでしょ」

あのね。
今も貴女は裸なんだよ。俺からしたら。

「ほんとだね。それこそ、他の人に見られてると思ったら、私、ただの変出者だよね。露出魔?かな」

……ねえ。

「ん?」

どうして、そんなに落ち着いているの。
もしもだよ、もしも、仮に、貴女は霊的なナニカで現世に未練があったとして、今こうして、意識はココにあるのなら、未練とかをやり遂げて成仏したいとか、そういうことを願うんじゃないの。そういうことに気持ちが逸るんじゃないのかな。

「まあ、確かに。
 でも、私は睦緒君から離れられないんだよ。
 それに、さっきも言ったけど、私は私がよくわかってないの。
 どうして、居るのか。
 目的も、それこそ、未練?も。
 まあ、焦らないのはわからなさすぎるからなのかな」

……そ。

「そ、ってさー」

いや、もう俺は虚無るよ。

「え?」

何も考えない。
ただ、ボーとする。
だから、話しかけないで。

「はあ。え、私との会話を紛らわすために、パチンコ屋さん来たの?」

いや、これは習慣。
仕事前はいつも来てる。

「え、くずじゃん」

………くっ。

「はいはい。私から話かけなければいいのね。
 わかった、わかった。
 それなら、もし、睦緒君の方から私に話しかけたら、罰ゲームね」

……は?

「名前をつけて」

……はあー。

「まずは名前がないとさ、何か寂しいじゃん」

……わかった。

「はい! じゃあ、スタート!」

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………コイコイコイ! アツイ!これは、キタだろ!……くッ…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

                 ◇
 最悪。
 朝一、一回も当たらないなんて。

「負けた」

「はい、私の勝ち。
 名前、つけてね」

「……う、うん」
ちょっと、朝からストレート負けを食らうなんて、こっちの方をよっぽど非現実的と考えたい、仕事場へ向かう今この頃。

「ある意味、虚無ってるね」

はい。

エンジンを掛け、この現実と折り合いをつけるリスタートを始める。

                 ◇
―――――まるで、妄想だ
彼女は生きているとは見なされていないのだから。

パチンコ屋を昼前に出て、向かうはいつもの校舎。
その道中、軽自動車を運転しながら、俺は煙草を燻らせる。

「ねえねえ、睦緒くんって、煙草吸うんだね」

え、臭うの?

「んー。匂いは感じないんだけどさ、それでも、煙草の臭いっていうのは覚えているんだ」

「ってことは、…元々、吸ってたんじゃない?」

「かなー。というか、声に出したり、出さなかったり、するんだね」

「二人きりのときは、別に…。
 なんかSiriに話し掛けるときのニュアンスみたいな」

「私、AIと同等なの?
 やっぱり、早く私に存在権をプリーズ」

んー。

名前。

数時間前から起きている、この現象になんと名前をつけたらいいのだろうか。
俺だけに見える存在。
俺が妄想している?いやいや、そんなわけでもない。

「名前、ね」

「そうそう。お化けって思われるのも、呼ばれるのも嫌だよ、私」

「もちろん、自分の名前を覚えては…?」

「わけないよー」

「ふん。お化けね」

お化けって、もっと、怖くていびつで、形のないものではなかったか。
それも、今まで見た心霊現象映画からのイメージ化。

「イメージ、か」

「え?」

「お化けより、天使って…」

「きゃあっ! なになに!? 睦緒君、私をそんな風に見てくれてるんだ!」

「いや、こんな明るくて、その…」

「その? なんだよ、目をそらしてー」

さすがにずっと見ていたら、慣れたのもあるが。
上半身裸、下半身は、ちょうど女性器あたりからが透明で見えないが、何よりも。

「それって、羽根だよね」

「うん、そうなんだよね。でも、輪っかはないんだよ。
 ただ、左手首に輪っかもどきはついているんだよね。なんだろね、これ
 何かに使うんだろうか」

「……まあ、やっぱり、ちょっと時間ちょうだいよ。
 そろそろ、校舎につくし」

「校舎?」

「そう。俺はしがない塾講師」

「へー。先生が朝っぱらから、パチンコなんて行ってていいんだー」

「あのね、塾講師は別に道徳者じゃないんだよ。
 気晴らし、気晴らし」

「気晴らしで2万円も負けるなんて、よくできるよね」

「うるさいなー。勝つときもあるんだよ。
 それに」

「それに?」

「いや、別に。
 さ、ここが勤務先の校舎。
 ってかさ、俺が誰かといるときは、黙っててよね」

「はいはい。
 私は私で、私を思い出せるように、周囲を探ったり、いろいろ考えようとは思ってるんだよ。  
 とはいっても、睦緒くんが動いてくれないと見学はできないんだけどね」

「あ、そういえば、俺が打ってるときもずっと後ろにいたけど、離れられないの?」

「離れようと試みたんだけど、睦緒くんの頭上から動けないんだよ。
 だから、別に私は羽根で飛んでるわけじゃないんだよね」

「……やっぱり、背後霊なんじゃ?」

「そんなこといっていいのかなー」

「え?」

「後ろからぐさって、刺しちゃおうかな」

「え? 物に触れるの? 無理だよね?」

「うそうそ。私があのお風呂で睦緒くんの背後に現れたのは何か理由があってのことなんだよ。殺すことが目的ならとっくにしてるし。交通事故とか?」

「あのさ、冗談でも、背後でそんなおっかないこと言わないでよ。
 あ、そうだ」

「背後霊じゃなけ、守護天使ってどう? 俺を守ってよ」

「うわー、こんどは紐発言だ。女の子に守ってっていうのはなー」

「じゃあ、もう名無しの幽霊さんで」

「ごめんごめん! ちゃんと見守っててあげるからさ」

「……守さん、何てどう?
 守護天使の守るから、シュさんってのは」

「どうして、さんづけなの?」

「いや、守でいいけどさ」

「守護天使の守さんかあ。ただ頭文字とっただけじゃんかよー」

「それだけじゃないよ。
 その手首の、天使の輪っかみたいなやつ」

「これ?」

「シュシュに似てるなって。だから、守護天使の守さんを略してシュシュ。
 なんてのはどう?」

「守さんよりも、シュシュってなんか可愛いくていいな。
 ワンちゃんみたいだし」

「じゃあ、ご主人様の言うことをきくんだぞ」

「それじゃあ、ギャンブルに使うお金を私に貢いだら言うこと聞いてあげようかな」

「貢って…」

やっぱり、貧乏神なのでは……。

「私の記憶が戻るように、協力してってこと!」

ほんと、変な輩に絡まれたよな。
シュシュ。

「何?」

「とりあえず、コレ。塾のパンフレット…。
 何か思い出すきっかけになる…わけないか」

「どれどれ」
                 ◇

~中学・高校受験専門個別塾~
 〈言霊~kotodama~〉
『お子様のストーリー(受験を中心とした物語)を手助けする塾です』
言霊塾のココが魅力!
1.受験学費を押さえた上で、効率的な学び、かつ居心地のよい空間があります。
例)大手中学受験塾では小4からの3年間で約400万近くかかります。
その上、大手塾だからこその全体授業でその生徒の志望校とかけ離れた分野の学習に時間を費やしたり、解ききれないテキストやテストの量で消化不良を起こしたりなど、無駄に負担を背負う受験生が多いです。
→『言霊』では、
ⅰ授業は最大生徒2人対教師1人の個別形式で最適化された内容を行います
 よって、大手塾で頻発する喧噪授業は物理的に起こり得ません
ⅱ使用するテキストは分野別のプリントサービスを活用したものです
 よって、無駄に分厚い冊子を購入する必要もなく、生徒一人ひとりに必 要な範囲を選別し、提供します。
※他塾との併用をされる方は、『言霊』のプリントではなく、他塾様のテ キストやテストを使用することも可能です
ⅲ自習室利用費、設備管理費(上記のプリント代を含む)と授業コマ授業 代のみのため、リーズナブルな値段を実現しました。
 よって、卒業したあとの、私立中学生活や大学受験費など、長期的な計 画でお子様の教育支援が可能になりえると思います
ⅳ生徒だけではなく、伴走される保護者様にも寄り添える環境を整備して います。
 喫茶店をイメージした待合室がありますので、お子様の授業が終わるま での間、実際にお子様が解いているプリントや受験情報など、寛ぎなが ら過ごせます。もちろん、お父様、お母様がそこでお仕事をされていて も構いません。
※個室待機場も完備しています

2.塾長自らが魅力的だと確信した講師しか在籍していません。
例)大手中学高校受験塾では、拡大した校舎数のために、中途半端な講師やアルバイトで授業コマを回すしかない状況が常態化しています。
何十分の一の生徒ではなく、一分の一として、その生徒にとって必要なことを教え、学んでもらえる授業を行うことができる。生徒を思い遣れ、受験科目に精通し、合格に導ける講師と言霊は契約をしています。

→そんな、『言霊』魂をもった講師は裏面で紹介!

……………………………

………………

………

じゃ、事務所に入るけど、いい?

「うん…とりあえず、黙って後ろで見てるよ。
 ついていくしかないんだしさ」

そうだ。

「!? 何!?」

「裏面も気になる?」

「…………私、別に入塾希望出してないんだけど。
というか、あの人、めっちゃこっち見てる」











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