第3話

文字数 1,344文字

 それからは変わり種のメニューが続く。
 かっぱのにぎりにかっぱのお吸い物はまだ予想の範疇として(?)、天ぷら、ステーキ、カレー、餃子に続き、シメはティラミス。
 どれもが今まで食べた事の無いキュウリ尽くしの料理で、最高の味わいだった。やはり『食いログ』の評価は正しく、かっぱ寿司の概念が変わったは間違いない。

 途中、ビールを頼んだが、清酒しかないと言われ、出されたのが黄桜だった。脳裏に脳裏にカッパッパ、ルンパッパ」という昔懐かしいCMソングがよぎる。
 付け合わせは当然(?)

えびせん。ここまでかっぱにこだわるとは。市村は頭が下がる思いだった。

 隣で食後のお茶をすすっている今日子もすっかり満足した様子で、「また連れてきてね」と上目遣いに甘えてきた。
「大将、どれも美味しかったよ」その言葉に偽りはない。かっぱえびせんすらも特別に感じたほどだ。
「あたぼうよ。こちとら伊達に専門店を名乗っちゃいねえ。かっぱ巻きこそ寿司の原点だ。それが江戸っ子の粋ってもんよ」
 大将の言葉に納得しながらも、一方でステーキやカレーやティラミスが、果たして江戸っ子の粋なのだろうかと首をひねる。
「僕たちみたいに初めて来た客は戸惑いませんか?」市村は疑問をぶつけてみた。
「確かにうちを普通の寿司屋だと思って来る客も少なくねえわな。いきなり『大将、中トロ握ってくれ』ってな具合にな」
「そんな時はどうするんですか」
「黙ってこう指差すよ」その指先には『当店はかっぱ寿司専門です』と書かれた貼り紙があった。成程と頷く市村に大将の威勢のいい声が響く。
「どんな客が来ても、への

でさぁ」
 どうやらそれが大将の鉄板ジョークらしい。奥で見習いの青年が苦笑いをしている。市村たちも愛想笑いで顔を引きつらせながら会計を済ませた。お代は一人前七千円だったが全然高いとは思わない。むしろ貴重な体験が出来たと、感謝しているくらいだ。明日にでも友達にメールしようとスマホの入ったポケットを上から軽く触れた。
 店を出ようとしたところで、ふとレジの横に飾ってあるパネルが目に留まった。セピア色の古びた写真で、工場らしき建物の前に、ひとりの男性が腕を組んで佇んでいる。人相からして若かりし頃の大将だろうと推測した。
「手前は昔、活版印刷所に勤めていたんです。その時の記念写真ですよ」
 どうやら

ん印刷所に勤務していたことを自慢したいらしい。いったい、いつからかっぱにこだわっていることやら。
「他にかっぱ寿司専門店ってあるんですか?」
 市川が何気なく尋ねると、大将は少しはにかみながら、
「たぶんウチだけっすよ。――ここだけの話、実は支店お話があるんでさ。知ってますか? 弥生丸(やよいまる)って言う大型の船らしいんですがね。どうしようか迷っているんでさあ」
「いいじゃないですか。弥生丸と言えば日本一と言われる程の豪華客船でしょう? 迷うことないじゃないですか」
 だが大将の顔は優れない。「本当は別のところに出したいんで……」
「どちらです?」なんとなく察しがついていたが、少し食い気味に質問すると、大将は、待ってましたとばかりに得意げに声を上げた。
「知ってます? トルコにある世界遺産のカッパドキア」
 そう来ると思った。もういい加減にしてくれ。
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