第1話

文字数 5,256文字

 私は昔から楽器に対して偏見がある。
 音符を読めない自分にとって、音楽の授業は苦痛でしかなかった。自分で言うのもなんだが、歌唱の方は比較的得意だったので問題なかった。しかし、利口だーリコーダーや鍵盤ハーモニカなどの演奏は苦行としか思えず、楽譜に直接ドレミと記入しては、覚えるまで繰り返し練習するほかはなかった。
 
 そんなどうでも良いトラウマの話は置いておくことにして、話を戻すと、偏見というのは楽器の名称についてである。

 男性の場合、中学生の頃にサックスのことをS□Xと言い換え、友達同士でふざけ合った記憶があるだろう。自分も同じ経験があった。
しかし、それだけにとどまらず、他の楽器の名称に対しても興味を引かれていた。
 
 例えばフルート。
 濁点が付いて“ブルート”になればブルドッグのような狂暴なイメージになるが、それはさておき、フルートと言えば美少女という印象のある楽器の代表格のひとつ。
 フルートというなんとなくか細い響きも手伝ってか、自分なんかは可憐な少女が優雅に演奏する様を思い浮かべてしまう。同意の方も多いのではないだろうか。
 その一方で半分ほどの長さしかない『ピッコロ』という楽器がある。
 年代によっては某アニメのピッコロ大〇王を思い浮かべるかもしれない。
 ピッコロなんて、陽気な響きを感じないだろうか? お祭りのような印象だし、フルートの語感から比べると私は滑稽に思えて仕方なかった。

 逆に少し大きめになるとクラリネットになるのは、ご存知の方も少なくないだろう。
 まるでのらりくらりとネットサーフィンを楽しんでいるようだ。
 余談であるが、クラリネットと言えば、その知名度にも関わらず、単独で演奏されるのを見た記憶がない。私は音楽に明るいとは決して言えないので、自分だけが知らないのかと思いきや、実際にはメインとなる事など殆ど無いらしく、オーケストラなどでも脇役としての扱いなのだそうだ。
 現にクラリネットに対するイメージと言えば、壊れやすいというネガティブ要素だけ。
 実際はどうだか知らないが、あの有名な童謡のせいではないかと思われる。クラリネット奏者にしてみれば、不遇と言わざるを得ないだろう。

 クラリネットがさらに大きくなると、今度は『オーボエ』になる。
 オーボエ。なんだか下品に聞こえないだろうか。ゲロ吐いているみたいで。
 最初に聞いた時は、とても楽器の名前とは思えなかった。響きが“大声”に似ていることも偏見を助長させている要因の一つなのかもしれない。

 お嬢様を連想する楽器としてフルートと並び立つのが、『ヴァイオリン』であることに異論がある人は、まずいないだろう。オーケストラでも花形と言って良いくらいの存在である。
 フルートが静の清らかさとすれば、ヴァイオリンは動のイメージと言えるかもしれない。
 その気品あふれるカッコよさから、女性ならず男性も一度は憧れる楽器の代表といっても過言ではない。
 ヴァイオリンに関しては特にツッコむところはない。しかし、少しサイズが上がると今度は『チェロ』になる。
 チェロ。何だかコソ泥みたいだとは思わないだろうか? チェロチェロする。チェロい。チェロっと拝借など、ネズミのようなしたたかさを感じずにはいられない。
 さらにサイズが大きくなると、今度は打って変わって『コントラバス』。
 いかにも存在感があるが、その大きな見た目もさることながら、名前にもインパクトがある。男らしい荒々しさがあり、アメリカ大陸を悠然と走り回ってしているような印象を受ける。
 コントラバス。思わず低音で発声したくなるのは自分だけだろうか?

 フルートやヴァイオリンと同じくらい美女のイメージが強い楽器の一つに『ハープ』がある。 私の中ではオッサンに弾いてほしくない楽器ナンバーワンだ。
 ただでさえ巨大で存在感がハンパないが、ハーブやソープと語感が似ていて、清涼感があるのもイメージを押し上げていると考えられる。オーボエとの余りのギャップに、思わず、おののいてしまいそうになったのは、一度や二度のことではない。嘘だが。

 カッコいい楽器の一つとして『トランペット』をあげるが、これに文句をつけるつもりはない。
 しかし似たような楽器に『トロンボーン』がある。管を前後に伸ばしながら演奏する、マーチングで先頭を飾るほどの派手な楽器の代表格だ。
“トロ~ン”として“ボーン”という響きが何となくマヌケな印象を受けてしまう。

 さてさて楽器の王様と言えば『ピアノ』で決まりだろう。
 正式名称は『クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ』という長ったらしい名前なのだそうだ。ピアノは幼いころから知っていただけに、名前に対する偏見は無かったが、それでもあえて言わせてもらう。
 ご存知の通り、ピアノは大きく分ければ二種類ある。言うまでもなくグランドピアノとアップライトピアノである。
 グランドピアノ。グランドが付くだけでゴージャスに聞こえる。例えばグランドスラムやグランドホテル、それにグランドキャニオンのように、どれも壮大で威厳に満ちた響きだ。
 一方でアップライトが付くと一気にグレードが下がって、格下感は拭えない。アップがポップな印象を与えて、ライトが手軽な雰囲気を醸し出しているのに、一役買っているのは間違いない。
 正式名称からも分かる通り、元々ピアノのルーツはチェンバロであり、その前はパイプオルガンだと言われている。同じオルガンでも、教室においてあるような一般的なオルガンと比べ、パイプが付くだけで、格式が一気に上がった感じがするのはなぜだろうか? 煙草とパイプ煙草、ラインとパイプライン、カットとパイプカットくらい印象が変わる(?)。

 同じ鍵盤楽器の中でも、我々一般人にとってもっとも馴染み深いのは『鍵盤ハーモニカ』だろう。何せ名前にハーモニカと付いているから庶民的な親しみがある。
 実際に手軽で小学生にも扱えることから、オルガンと同じく身近な楽器の一つ。ちなみにピアニカとも言うが、ジャポニカのような響きで学習帳みたいだ。
 思えばハーモニカという楽器も奇妙なネーミングだ。一つの音を鳴らそうとしても口元がなかなか定まらず、必ずといっていいほど複数の音階を同時に鳴らしてしまう。ハーモニカなのに全然ハーモニーが取れないのは、私だけではないだろう。

 鍵盤のある楽器の一つに『アコーディオン』がある。アコーディニストのCOBAさんが有名だが、思わず蛇腹のカーテンを連想してしまいそうになり、演芸やパレードの印象がある。
 それはまだ良いのだが、それから鍵盤を取り除いたような、左右にボタンがある蛇腹だけのハンドネオンという楽器が存在する。ブレーメンの音楽隊を想像する方もいるかもしれない。自分はてっきりこっちが先で、後からアコーディオンが出来たとばかり思っていたが、実際は逆らしい。一見単純そうに見えるが、『悪魔の楽器』と呼ばれるくらい演奏が難しいのだそうだ。知らんかった。
 ハンドネオンといえば何となく手(ハンド)で持つネオン管みたいで、ペンライト的な感じに聞こえ、益々混乱するばかりだ。

 今度は、『マリンバ』に話を移してみよう。
 何だかウキウキする名前だ。語感がサンバに似ているからかもしれないが、ピッコロと同じく、陽気な雰囲気を憶えて仕方ない。
 しかし日本語になると木琴。言い方にもよるだろうが、一気に地味になる。

『ドラム』に対しても思うところがある。
 ピアノ演奏者はピアニスト。ヴァイオリンはヴァイオリニストと呼ばれ、ほとんどが『~イスト』となるが、ドラムの演奏者に関しては何故かドラマー。決してドラミストとは言わない。同じバンド系の楽器であるギターはギタリストであるにも関わらずにだ。
 ドラミストではだめなのだろうか? 
 先ほどのトランペットもトランぺッターで、「~ist」と「~ er」との使い分けはどうなっているのかと悩まずにはいられない。きっと、ドラミストだとドラ息子やドラミちゃんのファンと混同しやすいという理由が、案外、真相なのかもしれない(そんなわけあるかい! 知らんけど)。
 何か法則のようなものがあるかもしれないが、どちらかに統一できないものかと勝手に思う次第で、もしドラマーなどの『~er』に統一すれば、ピアナー、ヴァイオリナー、ギターナーとなるワケだが……。
 演奏者以外でも、タイピストとプログラマー、セラピストとカウンセラーなどの使い分けはよく判らない。

 話のついでだが、指揮者の事を英語で『コンダクター』と言うのだそうだ。
タクトを振るのだからタクティスト(またはタクター)でも良いと思うのだが、演奏者とは一線を画している訳だから、これで良いのかもしれない。
 しかしコンダクターには添乗員という意味もあるそうで、添乗員と言えばツアー客を案内する黒子のような存在。なくてはならないかもしれないが、ツアーによっては、いなくても何とかなりそうだ。
 だが、オーケストラの指揮者は違う。ステージ中央の一番目立つところに立ち、観客にお尻を向けているにも関わらず、最も偉そうでリーダー的な存在に見える。とても添乗員とは結び付かない辺り、音楽の世界は深いと思わざるを得ない。
 横道にそれるが『ベジタリアン』の事をベジタブリャーとかベジタブリストとか呼ばないのは何故なんだろう? オバタリアンを想像してしまうじゃないか。嘘だけど。
 そういえばコンサルタントはコンサルタンターとか、コンサルタンティストなどとは言わない。どうしてなのか、理由を知っている人がいれば、ぜひとも教えてほしいところである。

『オカリナ』は素朴な音色が特徴だが、もしこれが『ヴァンダムゴッサエラ』という名前だとしたら、印象はガラリと変わってくる。ゴチャゴチャした騒がしい印象で、オカリナ奏者の喜多郎氏や目玉のオヤジもビックリだ。

『ホルン』と『アルペンホルン』は同じホルンでも全く違う楽器だ。
 ホルンはカタツムリのような金管楽器で、片やアルペンホルンも同じ金管楽器のようだが、見た目や音色は全く異なる。アルペンホルンはまっすぐで二メートルほどあり、保管するには邪魔でしょうがない(たぶん)。もし知らなければ、この全く違う外見の二つが、同じホルンが付く楽器とは思えないだろう。アルペンと付くだけでアルプスの山々が想像できてしまうという不思議な(?)楽器と言えよう。

 一般的に打楽器全般を『パーカッション』というらしい。
 パーカッション。情熱溢れる響きだ。パッションと語感が似ているのが原因と思われるが、ティンパニやシンバル、和太鼓など打楽器系は、音も名前もパッションに溢れていると言っても過言ではない。

 最近(?)の楽器では『シンセサイザー』がある。
 テクノに代表される、電気を駆使した現代的な最新鋭の楽器と言えるだろう。
名前の響きもカッコいいし、新鮮なサイダーみたいなさわやかな耳障り。シンセサイザリスト(?)はさぞやモテるに違いない。だからと言ってやりたいとは思わないが。

 こんな見方もある。
 有名な和楽器は、どれも文字を見るだけで、どのような楽器なのか何となく想像がつく。
 例えば三味線(しゃみせん)や三線(さんしん)なら弦が三本あるとか、尺八なら長さが八尺だとか、ほら貝はそのままほら貝だし、木魚であれば魚の形をした木であるとか(ほら貝や木魚が楽器であるかは微妙かもしれないが)、枚挙にいとまがない。
 しかし、海外の楽器は聞いただけではどんな楽器か想像できないものばかり。
 ウクレレやマンドリンなどもしかりだが、カバキーニョやゴンアグン、ゴピチャントなどと言われても、何のことだかさっぱりだ。何かの食べ物ではないかと想像してしまいそうになる。


 突然ですがここでクイズ!

 誰でも知っている有名な楽器で、仮にそのものを知らなくても、名前を聞いただけで、どんな形状なのか想像できる楽器とは何でしょうか? 

 スクロールする前に、ぜひ考えて欲しい。













 分かっただろうか?














正解はトライアングル。

納得がいくところだろう。名前を聞いただけで何となく三角形だと想像でるし、実際にそうである。もしかしたら楽器の方が先で、三角の語源になっているのかもしれない。地味さで言えばカスタネットと双璧を成すが、名前の残念さで言えばこちらに軍配が上がり、もっと他のネーミングは無かったのかと思わないでもない。

最後に一つだけ。
バイリンガルはヴァイオリンを弾くガールだと勘違いしていたことについては、ここだけの秘密にしておいてほしい(笑)。
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