文字数 4,576文字

ここは、夢魔(むま)の住む世界である。
その世界にある、一城【バイオレット】は、インキュバスとサキュバス達が住まう城である。
インキュバスは、夢魔を指すが、この世界では、インキュバス=男の姿、サキュバス=女の姿としている。
人間とは違い、男なら女の姿に、女なら男の姿になれる者達の集まりである。
いわゆる、鏡の中の異性や、自分のなかの異性と、捉えられる存在だ。
男と女の悪魔であるが、人間の世界では男だったり女だったりで一人の悪魔として現れるが、この世界の城の中では、男女二人の姿でいられるため、男女のカップルが二人で一つの部屋に住んでいる。
男の姿になれば、女の方は男の中に取り込まれ、女の姿になれば、男は女の中に取り込まれる為、城を出ると、男の悪魔一人か、女の悪魔一人の姿である。
「Charlie」と「Charlotte」は、チャーリーがインキュバスで、シャーロットがサキュバスであるが、チャーリーが細身で長身なのに対し、シャーロットは、ややふくよかで低身長の見た目である。
二人は、正反対を司っている為、そういう見た目なのだが、性格も正反対である。
同じなのは、髪色と瞳の色と肌の色だけである。
鏡に映った時の自分が正反対な事に由来した属性だからこうなっているだけである。
仲間の中には、瓜二つの双子のような見た目の仲間もいる為、ここにいる夢魔が、全て同じという訳ではない。
二人の部屋は、二人が正反対な趣味な為に、部屋中に二人分の家具が置いてある。
多少、仕切りで別けられているが、基本二人に見えて一人なので、ケンカになる事はない。
チャーリーは黒が好きなのに対し、シャーロットは白が好きで、チャーリーはぬいぐるみなど、子供っぽいものは好まないのに対し、シャーロットは子供っぽいものが好きである。
なので、シャーロットの場所は、白くてぬいぐるみで溢れているが、チャーリーの場所は、黒いもののみで、ぬいぐるみなどは置かれていない。
そういった感じで、二人はお互いに生活スペースを共有しながらも、自分は自分と、相手の邪魔にならない様にしている。



現在、人間が起きている日中は、夢魔にとって眠る時間の為、城の中で起きている夢魔は一人もいなかった。
チャーリーもシャーロットも、自分のベッドで眠っている。
部屋の中を仕切って使っている為、お互いの私物が混じる事はないし、ベッドも共有せず、お互いのスペースに置かれている為、体格が違う二人でも、相手の存在が、邪魔にならずに眠れている。
仲間の中には、二人で同じベッドを共有して、二人で寝ているか、常に“一人として”寝ているか、実に様々だ。



シャーロットは、ふと目を覚ました。
サキュバスである以上、夢は見ないのだが、なんだか嫌な夢を見たような気がした。
今はまだ、悪魔の活動時間ではない為、目が覚めてしまった事を少々、後悔した。
店もやってないし、チャーリーを起こして、一体化したくても、起きる時間でもないのに、起こすと、チャーリーが怒って、もう一度寝てしまうからだ。
しかし、一度、目が覚めてしまったシャーロットは、辺りを見渡した。
部屋にはシャーロットのお気に入りの薔薇細工が施された姿見と手鏡がある。
インキュバスもサキュバスも鏡には映らない為、必要無い。
そもそも、身だしなみを整える習慣がなく、裸なので、全く意味のない鏡だ。
それは、城の外にある死んだ人間の持ち物を売る骨董屋もあるのだが、そこで買ったような物ではなく、シャーロットが元々、所有していた物だ。
シャーロットが悪魔になったのには、訳がある。
今は夢魔になったが、元々は人間だった。
チャーリーとシャーロットは、お互いに禁忌とされる事をしてしまったのだ。
それで、その事が親に見つかり、悪魔が付いているなどと、大騒ぎになった。
そうして二人は一緒に亡くなったのだが、その時二人の魂が、二人でずっと一緒にいたいと願った為に、悪魔になり果てたのだ。
シャーロットは手鏡を取り、その時の記憶を思い出していた。
手鏡には、シャーロットが人間だった頃の名前「Rose」と彫られている。
両親が年頃になったローズに姿見とセットでくれた物だ。
「しょうがない、これを使ってチャーリーを閉じ込めて運ぼう」
シャーロットは姿見を、ベッドで寝ているチャーリーに向け、自分はその姿見と向かい合うようにして、チャーリーに向けた。
するとチャーリーは、一瞬で手鏡側に姿を消した。
チャーリーは合わせ鏡によって、鏡に閉じ込められてしまった。
手鏡を覗くと、チャーリーが生前の姿で、ベッドに横たわって寝ている。
鏡の中の異性である彼らは、鏡に映り込まない分、こうして片方を鏡の世界へ閉じ込める事が出来る。
そうすれば、鏡さえ持ち歩けば、片方が今のように眠っていても、一人で動き回れるのだ。
「さてと、着替えてお散歩に行こう」
城の中で夢魔達は、人間のように服を着ない。
そもそも夢魔なので、服を着るという事自体、必要無いのだが。
人間だったシャーロットは、どこか服を着るのを好む。
ローズとして生きていた頃は、それなりの家柄のお嬢様だった為、シャーロットはその感覚が抜けてない。
クローゼットを開け、お気に入りのピンク色のワンピースを身にまとい、今の体に合わせて、夢魔の象徴の背中の羽根を出し、しっかり靴下と靴を履いて、手鏡を入れられるバッグも持った。
飛んで移動する為、靴はいらないのだが、なんとなく履きたいのでそうしている。
シャーロットの体は、普段は夢魔らしい肌の色であるバイオレットの肌色が、チャーリーを鏡に閉じ込めている影響で、人間のような肌色に近くなっている。
それでも、夢魔の力を失っている訳ではない。
準備が出来ると、羽根の邪魔にならないよう、斜め掛けのバッグをかけると、人間だった時のように歩き出した。
部屋を出ると、城の中は静まりかえっていた。
さすがに、靴がコツコツとうるさいと、仲間から怒られる為に、羽根を動かし、宙に浮き、飛んで移動した。
城の玄関は、鎧を着た幽霊が守っているが、シャーロットが出かけようとすると、何も言わずに扉を開けてくれた。
城の外は悪魔の住む世界らしく、少しどんよりしたグレーの空が広がっている。
ここから先は、少し自分の足で歩いて、お散歩する事にした。
レースのショートクルーの長さの靴下に、ピンクのストラップシューズが、足元に見えると、昔の自分もこうだったと、思い出し、懐かしい記憶として蘇ってきた。
十三歳だったあの頃、なにもかもが楽しく、隣には必ずチャーリーがいてくれた。
双子の姉弟として生まれ、双子であるにも関わらず、チャーリーはシャーロットの事を、「お姉ちゃん」と言い、慕ってきた。
それがとても可愛く、シャーロットは弟として、チャーリーをすごく可愛がっていた。
しかし、チャーリーはいつしか、シャーロットを女性として見ていた。
とある日、チャーリーはシャーロットといつも通り、一緒のベッドで布団に包まっていたが、幼い彼には、それがどういう事か、詳しく分かっていなかった。
それはシャーロットも同じである。
なかなか寝付けないチャーリーは、姉にくっついていた。
体がやけに火照り、チャーリーは、姉の素肌に何気なく触れた。
それがいけなかったのだ。
「大人がするような事をしたい」と言われ、シャーロットは了承した。
意味も分からず、二人は禁忌を犯した。
その後、何度か同じように眠れない日はそうして、二人はお互いの素肌に触れていた。
そんなある日、その行為が親に見つかり、二人は実の親に悪魔が付いているとお祓いされたりしたが、効果が表れなかった為、気が狂った両親に二人同時に殺された。
そうして二人は夢魔として生きている。
お互いが愛し合っている事に気付けないまま、死を迎えたのだ。
今は人間だった時より幸せに暮らせている。
実の親が今、どんな一生を生きて、死んだのか、二人は知らない。
それで良かった。
自分達を殺した二人だ、もしかしたら両親も悪魔になっているかも知れないが、今まで夢魔として生きてきても、両親だと思えるような悪魔に出会ってこなかった。
それもまた、二人には都合が良かった。
もう二度と会いたくない存在だからだ。
愛されていたはずの二人の姉弟は、親の愛というものが、分からなくなっていた。
夢魔として生きるチャーリーとシャーロットには、快楽さえあれば良いのだ。
後は、二度と二人が離れ離れにならない事が一番大事である。
シャーロットは、お散歩の最中、誰も、飛んでも歩いてもいない街並みを一人、歩いていた。
街は店が建ち並んでいても、今は営業時間ではない為、店は全店閉まっている。
お日様の出ている時間帯の散歩は、シャーロットにとって、少しだけ好きな時間だった。
毎日は無理だが、たまにこうして上手く寝れない日は、お散歩へ出かけて、気分転換している。
そうしているうちに、再びまた眠くなるからだ。
「はぁ、きっと今、人間界では晴れて良い天気なんだろうな、よく、チャーリーとも、こうして二人で出かけたっけ、あの場所、もうないのかな?私達が死んで、何百年?何千年?もう分からないや」
ふと、バッグから手鏡を取り出して見つめると、チャーリーはちゃんとそこで眠っていた。
それを確認すると、シャーロットは再び歩き出した。



お目当ての場所は、黒い薔薇の咲き誇る庭園である。
生前は、名前の由来にもなる、薔薇が好きで、赤やピンクの薔薇のが好きだった。
今はそんな色の薔薇は、悪魔の住む世界には無い。
しかたなく、ここで我慢している。
お気に入りの薔薇の庭園に似たこの場所は、シャーロットにとって、憩いの場所だった。
夢魔に“憩いの”というのは、なかなか変な気もするが、それでもシャーロットにとっては「憩い」なのだ。
少し進むと、ベンチがある。
そこでシャーロットは少し休む事にした。
生前は、隣にチャーリーがいて、話し相手になってくれていたのだが、今は鏡の中で眠っている為、一人でベンチに座っている。
多少、足を延ばして、ゆったりと背もたれにもたれた。
悪魔が好みそうな風が吹いて、シャーロットの体を包んだ。
天を仰ぎ、グレーの空を見る。
何も考えず、ただ、天を仰いだまま、シャーロットはしばらく過ごした。



眠気が再び襲ってきた、シャーロットは、歩いてきた道を戻るのに、どちらを使い、帰ろうかと考えた。
久々に歩いて疲れていると思ったシャーロットは、ベンチから立ち上がると、大きく羽根を広げて、天高く飛び始めた。
そのまま、城のある方まで、飛んで帰る事にしたのだ。
夜になるには、まだまだ時間がある。
しかし、もう充分「昼間のお散歩」を楽しんだのだ。
それに飛んで帰る方が、体の負担も少ない。
人間のように歩く事をしなくて良い悪魔の体は、歩くことに多少のエネルギーを使い、必要以上に疲れてしまうのだ。
それでもシャーロットは、たまにこうして歩いてのお散歩を楽しんでいる。
人間だった頃の記憶を、少しでも思い出したい時には、これが一番だからだ。
空を飛び、行きとは半分くらいの時間で城に着いた。
再び城のドアが開いて、シャーロットは中に入った。
自分達の部屋まで帰ると、チャーリーを元に戻してから、着替えてベッドに再び横になる。
体の色はバイオレットに戻っている。
布団の中で、チャーリーと一緒に寝ていた時を思い出しながら眠りについた。
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