文字数 3,309文字

夢魔の住む世界に夜の帳が降りてきた頃、「バイオレット城」では、数名の夢魔達が起きて、城の中は少しずつ賑やかになってきた。
早めに目が覚めたインキュバスのチャーリーは、体を起こすと、部屋を分けて使っているサキュバスのシャーロットの方を見つめた。
起きた記憶はないのだが、何となく体が疲れている。
ベッドから降りて、立ち上がり、そのままシャーロットのベッドまで歩く。
服が脱ぎ捨ててある事から、シャーロットがどこかへ出かけた事を察した。
その服を見て、思わず「Rose」と口にしたが、今は自分の双子の姉ではない。
今は自分の一部…のような存在だ。
「シャーロット」と口にし、ベッドに座り、彼女の頭を撫でた。
シャーロットはまだ寝ている為、そのままチャーリーも一緒に横たわる。
「お姉ちゃん…」と小声で声をかけ、シャーロットの体に触れた。
人間だった頃、愛しかったローズが、今は誰にも邪魔されない場所で、こうして二人でいられるのは、チャーリーにとって、とても幸せな場所だった。
ローズの体に触れ、自分の興奮を抑えられぬまま、ローズと愛しあった。
素肌の触れあう瞬間は、とても気持ち良かった。
そんな感覚は、夢魔になった今でも、鮮明に覚えている。
今は夢魔として、女性の夢に入り込み、そういった行為の夢を見せるが、どんな女性を相手にしても、ローズの時のような興奮と幸せは、感じられなかった。
それでもローズのこの体が今は、すんなりと手に入る。
それが何より幸せに満ち溢れていた。
「シャーロット、起きろ」
冷たく感じるこの言葉は、本当に自分が放った言葉なのかと思う程、疑わしい言葉に思えた。
しかし、自分達は今、夢魔として生きる以上、どちらかが相手を取り込まなくてはならない。
シャーロットが目を覚まし、向かい合って横たわっているチャーリーを見つめた。
「あっ、もうそんな時間?」
「あぁ、夜が始まるよ、さぁ、起きて、俺と一体化しよう」
「分かった」
「そうだ、シャーロット、俺が寝ている間に、出かけたのか?」
「あー、うん、ちょっと目が覚めちゃって」
「そうか」
「チャーリーには、鏡に入ってもらってた」
「あぁ、だからなんか、体がやけに疲れてるのか」
「うん、ごめん」
「気にするな、さ、朝の挨拶しよう」
そういって、チャーリーはシャーロットの頬に口づけをした。
シャーロットも同じようにチャーリーに口づけをする。
「おはよう」
シャーロットは、チャーリーにそう言うと、チャーリーも「おはよう」と返して来た。
その後、直ぐに二人は抱き合い、シャーロットはチャーリーの中に取り込まれた。



チャーリーは軽く食事をする為、城の中にある食堂へ行くと、仲間達が何人か食事をしている。
「あら、チャーリー」
そうサキュバスに声をかけられた。
「おはよう」
チャーリーは声をかけてきたサキュバスに、そう返事をしてから、彼女が食べている物を見た。
今日の朝食はいつも通り、ベーコンに目玉焼き、ベイクドビーンズにマッシュルームにトマト、そして、トーストがメニューのようだ。
チャーリーも、それらをもらいに、キッチンの方へ近付いた。
声をかけると、キッチンで働く者から、料理が盛られた皿と、薄いトーストが乗っている皿を手渡された。
それを持って食堂まで行き、空いた席に座る。
いつも通りの朝食に、いつも通りのインキュバスやサキュバスの姿。
皆、これからそれぞれ、人間の夢に入り込み、夢魔としての役割を担う者達だ。
人間にとっては夜でも、夢魔にとっては、これからが活動時間である。
夢魔にとっては、今が“朝”なのだ。
これからもっと、夢魔達が起き出してきて、食堂は賑やかになるだろう。
チャーリーは少々、早起き気味な方である。
今日は、シャーロットが途中で起きて散歩にいった為、多少なりとも眠気が伴うが、それでもいつも通りに朝食を取り、人間の元へ向かっていくのだ。



城の中にある、螺旋階段を、羽根を使い飛んで上がって行くと、厳重なドアが現れた。
そこを開けて、インキュバスであるチャーリーは空へ向けて飛びだしていった
インキュバスは、夢の中に入り込み、女性と性行為をして、悪魔の子を妊娠させるのが目的だ。
逆にサキュバスは男と性行為をして体内に射精させるのが目的である。
ただし、実際には生殖能力は無く、サキュバスが集めた精液を使う為に、妊娠させる能力はない。
さらに夢の中での行為である為、淫乱な夢を見させる…というのが、本来の目的だ。
人間の夢の中に入り込んで、性行為をする為、インキュバスだろうが、サキュバスだろうが、見た目は好みの異性に変えられる為に、チャーリーの現在の見た目は、とくに意味は無い。
どんな姿であれ、相手が好きな異性として現れる為、夢の中の性行為は、失敗する事はない。
それは、サキュバスであるシャーロットであっても同じだ。
今回はチャーリーが夢の中へ入り込む。
前回はシャーロットが夢の中に入り込み、精液を貯めて来たのだ。
今回はそれを使い、女を妊娠させるのがチャーリーのすべき事である。
チャーリーは、人間であった事を今は思い出さないようにして、今回のターゲットの女性を探し、夢に入り込んだ。



城に戻ってくると、一体化していたシャーロットが姿を現した。
「はぁー、心地良い夢を見て、幸せそうだったなぁ、今日のターゲットの女性」
「俺らは、気持ちの良い夢を見させる為の存在だからな、悪魔であっても…」
「そうだね」
「羨ましいか?」
「ぜーんぜん、羨ましくはないかな、ただ、チャーリーが相手だから」
「俺だって、シャーロットが相手する男に、何も感じないわけではない」
「私達、もうずっと、夢魔として生きているのに、人間だった頃の事、忘れられないのかな?」
「それでも、大切な思い出だろう」
「そうだけど…」
「ずっと、人間でいたかったか?」
「いや、今の方が良いよ、チャーリーと一つでいられるもん」
「そうだな」
二人は互いに見つめ合った。
今は人間でない為に、人間のような行為は出来ないが、それでもお互いの姿に触れられる為、再びチャーリーはシャーロットを抱きしめ、一体化させた。
「ローズ、庭園へ行こう」
『分かった』
チャーリーは部屋を出て、羽根を使い、歩くのではなく飛んで廊下を進んだ。
昼間にシャーロットが城の外へ出て行ったように、チャーリーも城の玄関を開けてもらい、外に出た。
街は賑わっていた。
“昼間の散歩”とは違い、夢魔達が飛び交っている。
店は開店していて、客もそれなりにいる。
チャーリーは、玄関からそのまま飛んで移動し、シャーロットが歩いて行った庭園を目指した。
歩くよりも早く庭園まで着くと、チャーリーは下に下りて、黒い薔薇の咲く場所まで歩いた。
夢魔である以上、裸だったり裸足だったりしても全く問題ない。
シャーロットが人間だった頃の事を思い出して、服やら靴やらを身に着けていただけで、本来は特に意味は無い。
裸足で歩いて、黒薔薇の近くに顔を近付ける
チャーリーの中にシャーロットの意識が広がった。
『赤やピンクの薔薇が見たいけど、これはこれで綺麗だね』
「あぁ」
『一人で来たお散歩は、あそこのベンチに座って、ずっと空を眺めてたんだ』
「そうか」
『Jared』
「今は、その名前で呼ぶな」
『どうして、私達は愛し合っちゃいけないんだろうね』
「人間として、双子の姉弟として生きるのに、異性として相手を見てはいけないなんて、俺には意味が分からない、そんな俺に、その質問を投げるのか?」
『お姉ちゃんとしては、もっとあなたに、どんな愛でも良いから、愛されたかった』
「無茶言うな、父さんと母さんに叱られるぞ」
『今、その二人は、ここには、いないじゃない』
「…おまえを失いたくはなかったから、従うしかなかった」
『私達、悪魔なんて、ついてなかったね』
「そりゃ、そうだろう、人間として生きていたんだから」
『でも今は、悪魔になっちゃったね』
「あの二人が、そうさせたんだ」
『でも、悪魔になったから、こうして二人で一緒にいられるね』
「あぁ」
チャーリーは、真っ暗な空を見上げた。
チャーリーの目には、あの時の夜空と同じように見えた。
大好きなお姉ちゃんと、一緒に眠ったあの日の夜、初めて“女性”の体を知った夜だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み