ゴミの日は、月・金曜日
文字数 2,334文字
【月曜日】
深夜2時、ゴミを捨てに家を出る。今日は缶、ボトルの日ではないから、燃えるゴミだけを持って階段を下る。先週は誰とも話していない、よい一週間だった。今週はどうだろうか。「ネット通販」、「置き配」、「宅配ボックス」、「電子マネー」、世の中が引きこもりにどんどん優しくなる一方、やさしさにつけ込む自分がいることがよく分かる。餌にまんまと食いつく自分を、世界中の人間が指をさして笑っているような気がする。
今日は月曜日だ、いい一週間になるといい。
【金曜日】
夜10時、ゴミを捨てに家を出る。先週は付き合いで飲みすぎた。空き缶の詰まったビニール袋を見て思う。
「奢りだと思ったんだけどなぁ」。
お金はあまりない。買いたいものはそう買えないし、何が欲しいかもよく分からない。ただ、誰かと一緒に飲むお酒も、一人で飲むお酒も、どちらも変わらずひとつも美味しくない。今週、それがよく分かった。
今日は金曜日、明日は休みだ。
【月曜日】
深夜3時、ゴミを捨てに家を出る。先週も誰とも話さない、よい一週間だった。今週はどうだろう。そもそも最後に誰かと話したのはいつだったろう。思い出せない。
誰か自分のことを覚えてくれているのだろうか。考えたくもない。
自分でさえ自分がいる理由が分からないのに、他人に分かるはずがない。ただ自分が階段を下りているのは、ゴミを捨てるためだ。
外に出るとくだらないことばかり考える。早く部屋に戻ろう。
今日は月曜日、いい一週間になりますように。
【金曜日】
夜10時、ゴミを捨てに家を出る。今週は反省点が多かった。辛うじて遅刻は回避したが、それで油断してミスが多かった。それだけじゃない、今日は片付けを適当に終わらせてしまった。怒られるのが怖くて先輩に聞くことができなかった。明日の朝にはバレる。僕の出勤日の月曜までに忘れてくれるだろうか。忘れるどころか怒りが累乗するように増えていくのではないか。怒られるならまだしも、呆れられたらおしまいだ。相手にされなければ仕事は続けられない。この家にももういられない。
今日は金曜日、明日はどうするべきだろうか。
【月曜日】
深夜2時、ゴミを捨てに家を出る。最悪の一週間だった。電話がかかってきた。いつもは2,3回放っておけば鳴りやむのに、その電話はしつこかった。留守電を期待したが、やつは諦めない。ついに俺が折れて電話に出たら、低く鈍い声が、わざとらしい吐息と共にひとりで話始めた。
「やっとつながったよ。ねえ。聞こえてるよね?出てるんだもんね?まあいいや。大家の間だけど、実は君の家賃、まだ支払われてないんだよね。」
そこまで言ってやつは黙る。俺も黙っていたが、気まずさに耐えきれずに小さく答えた。
「・・・ハイ。」
「え?今何か言ったよね。
ちゃんと分かってる?家賃が払われてないの。これどういう意味か分かるよねえ?」
「・・・ハイ。」
「はあ?もっと大きく話してくれないと伝わらないよ。とにかく、家賃、早く払ってもらわないと出てってもらうからね。分かった?頼むよ?」
そう言い残すと、やつは私の返事を待たずして電話を切った。
暫く呆然と立ち尽くして、私は受話器を置いた。しっかりと元に戻さず、受話口を上に向けて雑に置いた。
家賃を払えていなかった。ということはもう引き落とされるお金がないということ。それは親に電話をかける必要があるということ。そして引き落としの手続きに銀行に行く必要もあるということ。
いやなことは先に片づけるタイプだった。すべての引きこもりが先延ばし癖があるわけではない。自分のように、嫌いなものを先に食べてしまうタイプも当然いる。ただ、片づけきれない、いやなことを前にして、逃げてしまっただけ。そんな自分にとって、いやなことが将来に約束されるのは非常にストレスだ。
結局翌日だけでは終わらずに、2日ほどかかって支払いを終えた。そういえば大家へのお詫びはまだしてない。まあ元々する気はないけど。そんなことを考えながらゴミを持って外に出る。
「今週こそはいい一週間になりますように!」
そんなことを思いながら、ゴミ捨て場の扉を開ける。
そこに男が立っていた。中肉中背の色黒で、若く、何より優しそうな男だった。ゴミ捨て場から戻る途中だったのだろう、急に扉が開いたのに一瞬ひるんでいたが、すぐに外向きの笑顔に切り替え、私に挨拶をした。
「こんばんは。お久しぶりですね。隣に住んでいる者ですが、覚えていますか?」
「ええ、まあ。」
嘘だ、全然覚えていない。
「そうですか!本当に久しぶりですねぇ。あの頃はーー」
また一人ではなし始めた。横をすり抜けてようにもそこに立たれては難しい。大人しく話を聞くふりをする。
「――で、おっと失礼。こんなところですみません。またお話しましょうね。」
そう言い残すと彼は去っていった。横をすれ違う時、ふわっと芳香剤の香りがした。
「もう会うことはないでしょうね。」
そう半ば願望をつぶやき、ゴミを捨て場に放り込む。私の部屋の前で彼が待っている妄想がよぎったが、さすがにそれはないだろう。さすがに。
【月曜日】
ゴミを捨てに家を出る。とはいえ、大した量は持っていない。金曜日に捨てたばかりだから。なのになぜまたゴミを捨てに行くのかはよくわからない。なんだか家にゴミが溜まっていくと、その蓄積の中に僕までもが「ゴミ」としてカウントされる気がする。
帰りに男と会った。気味の悪い奴だった。それでも、なぜか彼とは会話が弾んだ。隣人とはいえ、ほぼ初対面の男になぜこんなに話ができるのか、驚くほど言葉があふれて止まらない。ふと我に返り、恥ずかしくなってゴミ捨て場を後にした。
「このままでは会うことはもうないだろうね。」
一週間が始まる。
深夜2時、ゴミを捨てに家を出る。今日は缶、ボトルの日ではないから、燃えるゴミだけを持って階段を下る。先週は誰とも話していない、よい一週間だった。今週はどうだろうか。「ネット通販」、「置き配」、「宅配ボックス」、「電子マネー」、世の中が引きこもりにどんどん優しくなる一方、やさしさにつけ込む自分がいることがよく分かる。餌にまんまと食いつく自分を、世界中の人間が指をさして笑っているような気がする。
今日は月曜日だ、いい一週間になるといい。
【金曜日】
夜10時、ゴミを捨てに家を出る。先週は付き合いで飲みすぎた。空き缶の詰まったビニール袋を見て思う。
「奢りだと思ったんだけどなぁ」。
お金はあまりない。買いたいものはそう買えないし、何が欲しいかもよく分からない。ただ、誰かと一緒に飲むお酒も、一人で飲むお酒も、どちらも変わらずひとつも美味しくない。今週、それがよく分かった。
今日は金曜日、明日は休みだ。
【月曜日】
深夜3時、ゴミを捨てに家を出る。先週も誰とも話さない、よい一週間だった。今週はどうだろう。そもそも最後に誰かと話したのはいつだったろう。思い出せない。
誰か自分のことを覚えてくれているのだろうか。考えたくもない。
自分でさえ自分がいる理由が分からないのに、他人に分かるはずがない。ただ自分が階段を下りているのは、ゴミを捨てるためだ。
外に出るとくだらないことばかり考える。早く部屋に戻ろう。
今日は月曜日、いい一週間になりますように。
【金曜日】
夜10時、ゴミを捨てに家を出る。今週は反省点が多かった。辛うじて遅刻は回避したが、それで油断してミスが多かった。それだけじゃない、今日は片付けを適当に終わらせてしまった。怒られるのが怖くて先輩に聞くことができなかった。明日の朝にはバレる。僕の出勤日の月曜までに忘れてくれるだろうか。忘れるどころか怒りが累乗するように増えていくのではないか。怒られるならまだしも、呆れられたらおしまいだ。相手にされなければ仕事は続けられない。この家にももういられない。
今日は金曜日、明日はどうするべきだろうか。
【月曜日】
深夜2時、ゴミを捨てに家を出る。最悪の一週間だった。電話がかかってきた。いつもは2,3回放っておけば鳴りやむのに、その電話はしつこかった。留守電を期待したが、やつは諦めない。ついに俺が折れて電話に出たら、低く鈍い声が、わざとらしい吐息と共にひとりで話始めた。
「やっとつながったよ。ねえ。聞こえてるよね?出てるんだもんね?まあいいや。大家の間だけど、実は君の家賃、まだ支払われてないんだよね。」
そこまで言ってやつは黙る。俺も黙っていたが、気まずさに耐えきれずに小さく答えた。
「・・・ハイ。」
「え?今何か言ったよね。
ちゃんと分かってる?家賃が払われてないの。これどういう意味か分かるよねえ?」
「・・・ハイ。」
「はあ?もっと大きく話してくれないと伝わらないよ。とにかく、家賃、早く払ってもらわないと出てってもらうからね。分かった?頼むよ?」
そう言い残すと、やつは私の返事を待たずして電話を切った。
暫く呆然と立ち尽くして、私は受話器を置いた。しっかりと元に戻さず、受話口を上に向けて雑に置いた。
家賃を払えていなかった。ということはもう引き落とされるお金がないということ。それは親に電話をかける必要があるということ。そして引き落としの手続きに銀行に行く必要もあるということ。
いやなことは先に片づけるタイプだった。すべての引きこもりが先延ばし癖があるわけではない。自分のように、嫌いなものを先に食べてしまうタイプも当然いる。ただ、片づけきれない、いやなことを前にして、逃げてしまっただけ。そんな自分にとって、いやなことが将来に約束されるのは非常にストレスだ。
結局翌日だけでは終わらずに、2日ほどかかって支払いを終えた。そういえば大家へのお詫びはまだしてない。まあ元々する気はないけど。そんなことを考えながらゴミを持って外に出る。
「今週こそはいい一週間になりますように!」
そんなことを思いながら、ゴミ捨て場の扉を開ける。
そこに男が立っていた。中肉中背の色黒で、若く、何より優しそうな男だった。ゴミ捨て場から戻る途中だったのだろう、急に扉が開いたのに一瞬ひるんでいたが、すぐに外向きの笑顔に切り替え、私に挨拶をした。
「こんばんは。お久しぶりですね。隣に住んでいる者ですが、覚えていますか?」
「ええ、まあ。」
嘘だ、全然覚えていない。
「そうですか!本当に久しぶりですねぇ。あの頃はーー」
また一人ではなし始めた。横をすり抜けてようにもそこに立たれては難しい。大人しく話を聞くふりをする。
「――で、おっと失礼。こんなところですみません。またお話しましょうね。」
そう言い残すと彼は去っていった。横をすれ違う時、ふわっと芳香剤の香りがした。
「もう会うことはないでしょうね。」
そう半ば願望をつぶやき、ゴミを捨て場に放り込む。私の部屋の前で彼が待っている妄想がよぎったが、さすがにそれはないだろう。さすがに。
【月曜日】
ゴミを捨てに家を出る。とはいえ、大した量は持っていない。金曜日に捨てたばかりだから。なのになぜまたゴミを捨てに行くのかはよくわからない。なんだか家にゴミが溜まっていくと、その蓄積の中に僕までもが「ゴミ」としてカウントされる気がする。
帰りに男と会った。気味の悪い奴だった。それでも、なぜか彼とは会話が弾んだ。隣人とはいえ、ほぼ初対面の男になぜこんなに話ができるのか、驚くほど言葉があふれて止まらない。ふと我に返り、恥ずかしくなってゴミ捨て場を後にした。
「このままでは会うことはもうないだろうね。」
一週間が始まる。