第2話 ストーカー 追跡中

文字数 1,951文字

 西野木拓海(にしのぎたくみ)。探偵。
 最初に名刺を差し出された時は意味がわからなかった。30くらいで俺よりすこし大柄。外人みたいに彫が深い。

 女を綺麗に縛って首を絞める。生かしたままだと動くし身バレする。だから綺麗に縛ってから最後に首を絞めて殺す。ナイフは論外。せっかく綺麗にしたのに汚れる。
 殺すなら絞殺がいい。首を絞めて殺すと手の中で血流が止まるのが実感できる。死んで動きが止まって彫像になったのを確認できる。完成した実感がある。死んだらできた彫像をしばらく眺めて満足したら放置して家に帰る。持ち帰らないのが足跡を残さない鉄則。

 あれは何回目だったかな? 外で人を縛るのに随分なれてきた時。さて首を絞めて仕上げようかと思ったらこいつは現れた。警察か、年貢の納め時かと思ったら名刺を差し出された。それで俺の首を絞めろと言われた。

 なんだこの変態。俺は動揺して縄を取り落とした。西野木は落とした縄を拾って俺に手渡す。これであれの代わりに、といって縛ったばかりの女を指差す。
 冗談だろ? なんだこの変態。大事だからもう1回言う。こいつは変態だ。
 動揺した俺は縄の回収も何もせずにその場を逃げ去った。
 翌日の新聞に『絞殺魔の失敗』とかなんとかいう記事が載った。別に俺は愉快犯じゃないから新聞にどう書かれても構いやしないんだけど。

 それからだ。もう6回目か? 女を絞めようとすると必ず西野木が現れて邪魔をする。その度に新聞に『絞殺魔の失敗』が踊る。その失敗記事自体は別にどうでもいいんだが、だいたいが止めた何者か、つまり名前は出ないものの西野木を褒める論調が続くのが気に食わない。
 あいつは多分女のことはどうだっていい。自分が首絞められたいためにやってるだけだぞ。なんか腑に落ちねぇ。イラつく。完成間近を潰され続けて欲求不満だ。

 でもだからってあのオッサンを絞めるのはお断りだ。断じてない。ありえない。俺は綺麗な彫像を作りたいんだよ。正直言って首を絞める行為自体に興奮しているわけでもないんだよ、まあちょっとはしてるけどな。だがオッサンじゃどう考えてもコメディだ。気持ち悪さしか感じないよ。勘弁してくれ。
 はぁ、どうすっかな、まじで。どうやって俺の足跡追跡してんのかな。いつのまにかいる。一辺調べてもらったがGPSや盗聴器なんかついていなかった。まじでわかんねえ。

◇◇◇

 路駐した車中のモニタにGPSの位置情報を示すたくさんの光が点滅している。でもこの画面に柳本の足跡はない。俺が追いかけているのはターゲットになりそうな女の子の足跡だ。柳本の好みの女と仲良くなって、服やら鞄やらにGPSと盗聴器をこっそり潜ませている。ストーカーに転じた探偵を舐めんな。
 柳本はまず対象と仕事上の付き合いで仲良くなり、その女の仕事終わりに飯に誘うふりをして路地に連れ出す。柳本は営業だからな。普段から女と付き合いがあっても疑われない。それで女を昏倒させてから30分くらいはかけて縛る。盗聴器から柳本が対象と話してるふしがあればすぐにその足跡を追いかける。

 その日の対象は俺が予言した通りの本屋の女だった。
 あれ? 変だな。探偵の感がそう告げる。普通は知られたと思うとしばらくは会うのを控えるもんなんだよ。だからターゲットに張ってることを気付かせない。それが浮気調査の鉄則。今回のは嫌がらせ目的だからわざわざ教えたけどさ。
 建物の影からチラリと覗くと女は道にうずくまり、柳本はキョロキョロ周囲を見回していた。不審だ。よく見ると所轄署の奴らがさり気なくうろついてる。柳本はいつもの鞄を持ってない。人を縛るほどの縄は嵩張って重い。でかい鞄が必要だ。ブラフか。馬鹿馬鹿しい、帰ろ。

◇◇◇

「昨日なんでこなかったんだよ」
「わかりやすすぎんだろ。お前馬鹿か。なんで殺人鬼が警察呼んでんだよ。捕まるだろ」
「そんな馬鹿はしねぇ。監視カメラがないとこ選んで写真も残してない。縄も都度買ってるから家には何もない」
「へぇ、気をつけてるね。でもそんだけ気をつけるなら余計警察は嫌じゃないのか?」
「テメェが証拠残しそうで嫌なんだよ。それにストーカー被害だからな。警察呼んで当然だろ。なぁ、いい加減やめてくれよ。俺はお前を縛ったりしない。気持ち悪い」
「あんたがどう思おうと関係なくてさ、欲しいのは技術なの。技術料払うから絞めてくんね? お仕事ライクに」
「仕事でやってんじゃねぇ」
「そこは目を瞑ってさ、1回死んだら生き返んないから」
「ざけんな」
 
 柳本は丁寧に俺の足を踏んづけてから交差点の向こうに消えた。本屋の女はいつも通り働いてる。
 困ったなぁ。どうしたもんかなぁ。全然事態が動かないよ。探偵ならじっと待ってればいいんだけど。
 しゃぁねぇな、狩られるには狩るしかないか。
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