第1話 花

文字数 921文字

 帰りに切り花を一輪買い、ワンルームで生ける。きのうも、あすも、あさっても。
 深夜、凍るような水に手をひたして生けながら「ずるい」と思わず口にする。「あ、ごめん」花たちに謝る。美しいというだけなのだ、それだけなのに。

 彼と別れた日だった。夜も更け、沈黙は続き、終わりは明らかだった。スマホのマイクへ彼のため息がかかって、ぼふ、と音がする。それを遮ってわたしはいう。

「無条件で愛されたいって、そんなにいけないことなの? わたし、頭おかしいの? わたしもう愛されるの、だめになっちゃったの?」
 電話は切れた。
 わたしはスマホをテーブルに置いてアパートを出る。コンビニで紙パックの日本酒を買い、ストローで飲みながら歩く。小さな花屋の灯りが見えた。こんなところに花屋なんてあったっけ。

 飲みかけの日本酒をブロック塀に置く。平静を装い店内へ入った。花束を抱えて死ぬのも悪くないな、と考えながら。けれどこの時間には、ほとんどの商品は残っておらず、店員に訊いても二の足を踏むような額であった。
 帰ろうとすると、たまたま小さな花が目に留まった。
「これ、一個ください」名前も知らぬきれいな紫の花を一輪買って帰った。わたしが出るのと同時に、店の明かりは消える。

 花なんて買って。でも、いいのだ、自分で自分を弔うのだから、きれいでさえあれば。
 茎を長く落としてコップに生ける。ちょっとしおれていたが、きれいだった。見栄えがいいこと以外なんにもないのに、愛されてるよね、花って。わたしも花ならよかった。数日で枯れてもいい、少しでも、少なくとも、今より愛されたかった。

 次の日、仕事へ行き、帰りに同じ店へ入る。白い小さな花が連なっているものを買う。きのう、紫の花を生けたコップへ、高さがととのうように挿す。

 仕事柄、わたしの帰りは遅い。紫の花も、白い花も、いずれも閉店際の花だった。つまり、店が閉まると袋に入れられ、朝にはごみに出される花。

 もう、死ぬことは考えていない。深夜二十四時五十分、こんなにも花たちが咲いてくれている。きれいだよ、と花たちに声をかけ、ベッドへもぐりこむ。花たちも口々にきれいだよ、といってくれている気がした。
 あすはどんな花を迎えようかしら。
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