401号室の来客
文字数 2,245文字
一仕事終えた私は、ぼふっとソファにダイブした。そこまで疲労はしないけれど、ただ単純にやってて飽きてくる作業。
それが私にとっての家事だった。
私が飛び込んだソファの向かい側に座る少年は、雑誌を見ながらそう呟く。
枸橘は、滅多に自分で「仕事」に出ることはない。
しかしそれは彼が弱いからというわけではなく、いつも私が突っ走って一人で終わらせようとしてしまうから。それに、彼には戦う以外に重要な役割があったから。
枸橘は頭がいい。物覚えも早い。所謂参謀、後方支援役だ。幼い頃からそうだった。小さかった私一人で大人の集団に勝てたのも、栄養失調の心配がないのも、少しくらいならケガしてもへっちゃらなのも、全部枸橘がいるからだった。
私と枸橘の耳が、同時にぴくりと動いた。会話は消え、お互いに表情が固くなる。
そこから先は発されなかった。
インターホンは明確に、来客を告げる。
私と枸橘は顔を見合わせた。
繰り返すようだが枸橘は決して弱くない。むしろ獣人ということもあり、人間相手ならばほぼ負けることはないだろう。
しかし、敵対意識を持つ獣人であれば?
もしくは…冬のような、並の獣人を超えるような強さの人間であれば?
私がまともにやりあえない相手なら、ほとんど戦闘経験のない枸橘が太刀打ちできるはずがない。
そう言い残して、私は玄関へ向かっていく。
心臓が煩くなってきた。
ドアに近づく。
小声でカウントダウンしてドアを開け放つと、
刑事と思しき20代後半ぐらいの男性が、申し訳なさそうに苦笑しながら立っていた。
「仕事」がバレた?当然思い当たる節はありすぎるほどあるし、最悪うまく拘束すればいいので今更慌てることもないけれど。
いやいや、本当にすみません。近頃よく401号室という言葉を耳にするもので、それで別件の捜査で獣人街に来たついでに探し回ってみようかなんて思い立ってしまって…でも君みたいな女の子が住んでるってことはここは違うみたいだね。相当ヤバいやつらだから気をつけろって言われたくらいだし…
…いや刑事さんそれ合ってます、ここで合ってますよ。なんて言えるはずもない。というかカマをかけられている可能性もある。
いつだったか緋衣の安全のためにも「401号室に手を出すな」という噂を広めようとしたことはあったけど……ここまでは、予想外だった。
まさか好奇心で来るような人間が…どうでもいいけどこいつ多分長生きしないな、なんて考えていると、頭の中にフッと妙案が降りてきた。
とりあえず最低限危険かどうかだけ確認しようと、私は口を開く。
つまりこの刑事、獣人街に来るというのに丸腰で来たわけだ。
…馬鹿だ。これ本物の馬鹿だ。まあ罠の可能性もまだ捨てきれないが、その時はその時だ。
部屋に引き込んで組み伏せ、口を塞ぐ。
これできっと、普段の「仕事」がやりやすくなる。
この時はそれだけのために、この不思議な縁を手繰り寄せたのだった。