401号室の来客

文字数 2,245文字

はぁ…やっと皿洗い終わった…地味に面倒だな、あれ

一仕事終えた私は、ぼふっとソファにダイブした。そこまで疲労はしないけれど、ただ単純にやってて飽きてくる作業。

それが私にとっての家事だった。
僕がいつもやってる事だけどな。まあ僕は滅多に「仕事」には出ないしおあいこだけど
私が飛び込んだソファの向かい側に座る少年は、雑誌を見ながらそう呟く。
枸橘は、滅多に自分で「仕事」に出ることはない。

しかしそれは彼が弱いからというわけではなく、いつも私が突っ走って一人で終わらせようとしてしまうから。それに、彼には戦う以外に重要な役割があったから。

枸橘は頭がいい。物覚えも早い。所謂参謀、後方支援役だ。幼い頃からそうだった。小さかった私一人で大人の集団に勝てたのも、栄養失調の心配がないのも、少しくらいならケガしてもへっちゃらなのも、全部枸橘がいるからだった。
何言ってんだよ。適材適所、ってやつだろ?枸橘が家事やってくれてるの、ほんと感謝してるんだからな
はいはい、至極光栄。でもな鶲。そのセリフ、どっちかっていうと男が女性に対して言うイメージなんだけど
こまけえこたぁいいんだよ、っと。あれ、冬と緋衣は買い物?
うん。何かこないだやってた刑事ドラマの劇場版DVDが発売されたらしくてさ…あれ、緋衣がすごいハマってるんだよね。
あーあのしょっぼいCMのやつ…何だっけ?「獣人刑事と少女探偵が力を合わせ…」駄目だ忘れた。公開中、冬が暇な日だってあっただろうから映画館で見てくればよかったのに
皆で楽しく見たいんだってさ。僕たちはあっちの映画館行っても歓迎されないだろうし、こっちの映画館ではやってないらしくて。あ、というか映画なら晩御飯はピザでも…

私と枸橘の耳が、同時にぴくりと動いた。会話は消え、お互いに表情が固くなる。

…玄関前、隣に用があるわけじゃなさそう。ウチの前で足踏みする音。知らない足音だ
みたいだね。何の用なんだか…でもこの感じ、まるでここまで来たことを後悔しているような…呼び鈴を押すか考えているような…そんな感じが…

そこから先は発されなかった。



ピーンポーン



インターホンは明確に、来客を告げる。

私と枸橘は顔を見合わせた。

…枸橘は、こっち居て。万が一私に何かあったと感じたら隠れておいてほしい。冬が帰ってきたらきっと何とかしてくれる
鶲、お前…僕だって、一応、
いいから。お願い
繰り返すようだが枸橘は決して弱くない。むしろ獣人ということもあり、人間相手ならばほぼ負けることはないだろう。
しかし、敵対意識を持つ獣人であれば?
もしくは…冬のような、並の獣人を超えるような強さの人間であれば?
私がまともにやりあえない相手なら、ほとんど戦闘経験のない枸橘が太刀打ちできるはずがない。
…行ってくる。
そう言い残して、私は玄関へ向かっていく。
心臓が煩くなってきた。
ドアに近づく。
さん…にい…、いちっ
小声でカウントダウンしてドアを開け放つと、
ぅわっ?!…あ…す、すみませんね
刑事と思しき20代後半ぐらいの男性が、申し訳なさそうに苦笑しながら立っていた。
えっと…何か…?
「仕事」がバレた?当然思い当たる節はありすぎるほどあるし、最悪うまく拘束すればいいので今更慌てることもないけれど。
いやいや、本当にすみません。近頃よく401号室という言葉を耳にするもので、それで別件の捜査で獣人街に来たついでに探し回ってみようかなんて思い立ってしまって…でも君みたいな女の子が住んでるってことはここは違うみたいだね。相当ヤバいやつらだから気をつけろって言われたくらいだし…
…いや刑事さんそれ合ってます、ここで合ってますよ。なんて言えるはずもない。というかカマをかけられている可能性もある。
いつだったか緋衣の安全のためにも「401号室に手を出すな」という噂を広めようとしたことはあったけど……ここまでは、予想外だった。
まさか好奇心で来るような人間が…どうでもいいけどこいつ多分長生きしないな、なんて考えていると、頭の中にフッと妙案が降りてきた。
とりあえず最低限危険かどうかだけ確認しようと、私は口を開く。
刑事さん…それ、本当にヤバい「401号室」の人たちに出くわした時、どうするつもりだったんですか?
えっと…あはは、こう見えても瞬発力と足の速さには少し自信があってね。逃げ切れるかな、なんて…
ウソでしょ…あっいや何でもないです。
つまりこの刑事、獣人街に来るというのに丸腰で来たわけだ。

…馬鹿だ。これ本物の馬鹿だ。まあ罠の可能性もまだ捨てきれないが、その時はその時だ。

刑事さん刑事さん。

…人間の瞬発力とスピード如きが、獣人に通用するとお思いで?

へっ?…うわっ!むぐ…
近所迷惑になるんでちょっと静かにお願いします
部屋に引き込んで組み伏せ、口を塞ぐ。
枸橘ぃー、昔どっかの変態からパクった手錠二本と、タオル持ってきて
えっ何それどういうことな…うわ、捕まえたんだ。…何のために?飼えないよ?
飼わねーよ。ちょっとした提案をするために、な?
…また変なこと考えてるでしょ、普段は突っ走るだけなのに、変な悪知恵だけはたまに降りてくるんだから
にっひっひ、誰かさんの思考に似たと思っといて。はい動かないでね刑事さん、今手と足、それと口拘束しちゃうから
むぐー!!んんんー!!!!
ちょ、暴れないでよもう…!ったく、やっぱり若いとよく暴れるなあ…昨日の女子高生と同じで
これできっと、普段の「仕事」がやりやすくなる。
この時はそれだけのために、この不思議な縁を手繰り寄せたのだった。
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登場人物紹介

四ツ原鶲(よつはらひたき)  17歳

401号室に住むうさぎの少女。ダグライフィリア。

やんちゃな性格。やる時はやる、実はしっかりな子。

冬雫とは仕事仲間であり、二人で家計を支えている。

好きな食べ物は枸橘の作った料理。

四ツ原冬雫(よつはらふゆな)  18歳

401号室に住む人間の少年。ネクロフィリア。

お兄さんタイプな性格。

多分四人の中でこいつが一番ネジがトンでる。鶲と共に「仕事」によって家計を支える。

好きな女性のタイプは美人より可愛い系。

四ツ原枸橘(よつはらからたち)  17歳

401号室に住むうさぎの少年。カニバリズム。

クールで基本は礼儀正しい性格。

昔鶲に命を救われた恩があるため内心鶲をとても大事に思っている。四人の中では料理担当。

好きな女性のタイプはカッコイイ系。

四ツ原緋衣(よつはらひい)  14歳

401号室に住む人間の少女。スードウズーフィリアの兆候がある。

幼い性格。精神年齢は実年齢より低い。

401号室に住み始めたのは四人の中で一番最近。三人の「仕事」を見つけてくる役。

好きな食べ物は果物全般。

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