いたい/いたくない

文字数 2,000文字

ダークヒーローに憧れていた。ヒーローなんか嫌いだった。
だってそうだろ?
現実にはヒーローなんていなかったんだし、だから俺はこんな感じに育っちゃったわけだし。
ヒーローなんて偽善だと思った。

ヒーローがもしいるなら、俺の両親ー学歴のことしか頭になく、幼少期から教育教育で、100点取れなければ人間扱いされなくて、中高一貫の進学校に入ったものの医大に落ちた俺を、クズだ馬鹿だ底辺だと罵って、ついには殴って蹴って死に追い込もうとしたのを助けてくれたはずだ。
普段は聖人ぶってるが、頭のネジの飛んだあいつらから助けてくれたはずだ。実際には警察がギリギリのギリで介入しただけだ。
ヒーローがもしいるなら、俺が今いる自立援助ホームで同室の奴らから殴られたり蹴られたり、大人たちがそれを見て見ぬふりしていたり、そういうのを助けてくれるはずだって俺は思ったね。

ヒーローなんていないんだから、あとはクソったれな世界の、すべてを消し去るダークヒーローになれたらいいと思った。すべてが消えてなくなったらどんなにいいだろう、と。

夜中、身体中が痛くて肋が軋んで、窓から屋根を伝って、自立援助ホームを抜け出した。抜け出したって行くアテなんかない。
ふらふら歩いた。朝焼けに照らされた俺の体が、ビルのガラスに映ると、ガリガリでびっくりした。もう19歳なのに、小学生みたいだった。

俺なんで生きてるんだっけ?

両親に殺されそうになった一軒家に歩いて行った。見た目だけは幸せそうな暖かいクリーム色の二階建てで、庭は広い。事件があってから売りに出されたが未だに買い手はなさそうだ。生まれてから去年まで暮らした。地獄だった。
青春時代に地獄を見た。
中高一貫の進学校で、友達も作らず部活にも入らず、ただ勉強をしていた。医大に入らなければ俺は生きている価値がないと思わされていた。明らかに周りから煙たがられていた。
家では医者の両親が苛々していた。人の命を救うことは相当の負担があったのだろうが、実の息子にあたるなんて理不尽だ。
幼馴染、と呼んでいいのか隣の家に住んでいた女の子は、ハーフでとても可愛かった。元気かな、今は確か高校生だろうか。あの子は俺を避けなかった。
あの子の家は、父親と二人暮らしだった。可愛いのにいつも同じ服で、経済的に裕福とは言えなさそうだった。でも、父子の仲は良さそうだった。お互い鍵っ子で、よく庭で話した。
「アニメ見る?」
「俺はあまり見ない。」
「私、魔法少女とかヒーローものとか嫌い。ダークファンタジーとかダークヒーローが好き。」
あの子は、俺が殺されそうになったことを知っていただろうか。
毎夜の罵詈雑言を。

自立援助ホームと、かつての家からほど近い田舎町の無人の駅に着いた。改札なんてあってないようなもので、始発までは時間があった。
金はないし無賃乗車だが、もうどうとでもなれと思った。キセルか。

誰もいない、寂れたホームのプラスチックのボロボロの椅子に座った。痩せているから尻が痛い。
痛い。
いたい。
いたくない。
ここにはいたくない。

鈍行の、都会の使い古されたものを再利用した、田舎の車両がやってきた。色褪せたこれが始発らしい。
そのまま乗った。どうせ誰も来ない。

すると、ひとりの女の子が正面の席に急いで乗ってきた。息が上がっている。
幼馴染のあの娘だ。くりっとした大きな瞳と、スッと高い鼻筋、茶色がかった髪にセーラー服。
「あ!」
彼女はテニスラケットのケースを抱えていた。
「お隣の…」
「すごい偶然だね。元気?」
「そこそこ。今から部活の朝練に行くんだ。君は?」
彼女は俺の家がどうなったかを知っているはずだ。両親が捕まったことも、俺が自立援助ホームに入っていることも。
「俺?俺はさ、どこにもいたくない、そんな感じ。」
「あー。私も。私も、どこにもいたくない。」
「あの家にまだ住んでる?」
「うん。でもね、パパが新しい奥さんと最近暮らし始めてね、息を吸うのが苦しいの、毎日。同じ空気を吸いたくないの。」
えへへ、と彼女は笑って
「でもね、だから毎朝、毎夕、部活に打ち込んで、テニスがすごくうまくなったよ。毎日始発で行ってる。」
「凄いじゃん。」
「この始発に人が乗ってるの、久しぶりだよ、嬉しいな。君はこれからどこに行くの?」
「どこにもない場所。」
「私も行きたいな。」
彼女はにっこり微笑んだ。背後から、朝日が後光のように差している。
「え?朝練は?高校はいいの?」
「うん。別にやることないから行ってるだけ。部活の人もクラスメイトも教師もみーんなきらい。なんならテニスもきらい。」
「そっか。全部きらいか。俺と同じだ。」
始発列車はごとごと、田舎町を走っていく。田んぼ、畑、山々、うつくしい自然の煌めき。それは時に反吐が出るほど不愉快だ。

いたくない。
いたい。
痛くない。
痛い。

いたい。
痛い。

彼女と俺を乗せた始発列車は軋んで走って行った。それでも何故だか、俺たちは笑い合っていた。
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