第6話

文字数 1,945文字

 冒険が失敗に終わり、敵地に囚われる冒険者というものも居る。
 ゴブリンの槍につつかれながら両手を上げて歩く4人の冒険者。全員、獣の血の匂いがしていないのに獣の耳と尾、あるいは翼が生えているので生け捕りにされたのだ。
 バンダナの男に槍が向くたびにシャーと威嚇しては槍を向けられるネコ耳の少女。
 詰まり過ぎた筋肉の鎧によって槍が刺さらないので、人間ではない何かだと認識されているネコ耳の大男。
 槍が刺さらないのを、真ん丸な目で見ているコウモリ耳の女。
 元はと言えばバンダナ男の受けてきた依頼を手伝っている残り3人だが……トラップの山で集中力が切れたところを包囲され、全員やむなく降伏を選んだのだ。

 帰るまでが冒険。つまりこれは冒険が失敗に終わったものの、まだ続いているとも言える。
 依頼としては失敗とはいえ、状況の偵察にはなるということで……最初より割り引かれているものの、報酬はある。そのためにも、何としても帰りたい。
 なお、帰れなかった場合は……その日のゴブリン鍋に投入されているということになるだろう。あるいはゴブリンにトラップをはじめとした悪知恵を吹き込んだ何者かが、結局生かしておかないだろう。
 つまり脱出しなければならない。

 4人はまず木の檻に入れられた。その上から布をかぶせて運ばれていく。
 檻から逃げても道が分からなければ、そのぶんゴブリン達が冒険者を探すための時間が稼げる。やはりゴブリンだけの知恵では無さそうだ。とすると、勝負は今だろう。頭の働く何者かの目の前にたどり着いたら終わりだ。

「ねえ、クッションない?」
 大男が頭突きで檻の一部分を破ってゴブリンに聞く。
「ねぇヨ!!大人しくしてろ!!」
 大男は引き下がる。
 そして3秒後、
「ねえ、俺たちの武器って持ってきた?」
 別の場所から頭を突き出して聞く。
「キーキー女の鉄砲以外は置いてきたヨ!!どうせ安物ばっかじゃねぇか!!しけてんな、おめーらはヨ!」
「まあ、ぐうの音も出ないよ」
 再び引き下がる大男。

 そして、大男は檻の中で軽く跳ねて……次の瞬間、檻に一際大きな衝撃。
 檻を、さながら神輿のように担いでいたゴブリンたちの肩に檻がめり込む。悲鳴の上がらなかったところから見ると、鎖骨の粉砕骨折で声にならないほど悶えているか、とうに気を失っている。敵の戦力には数えなくてよさそうだ。
 誰も担いでいない檻からは脚が生えていた。
「悪いけど荷物はもらっていくよ、ご主人によろしく」
 3人の人間を中に入れたまま走り去る檻。6人が担いでいた檻。見張りに2匹のゴブリンが居たものの、脚の生えた檻の体当たりを食らって悶絶する以外にできることはない。
 檻がしばらく走った後に、コウモリ女が聞いた。
「ガンマ、ごめん。重いは思わないか?」
 檻から生えた脚の持ち主、ガンマに対して問う。檻は無言で走っていたが、徐々にスピードを落として……やがて止まった。
「ガンマ、だいじょぶにゃ?」
 ネコ耳の少女も聞いてみたものの、彼の返答の代わりになるものは、ひどく荒い吐息だった。
「……ガンマ、降ろしていい。これだけ壊れていれば、アルファなら出られる。アルファはここから抜け出して、どこかで適当な刃物を拾って、ロープを切ってくれ。いいか?」
 バンダナ男がネコ耳の少女……アルファに聞くと、アルファは嬉しそうに外へ飛び出していった。
「ベータ……少し見張りを頼むよ……あと……シェーダーの怪我の……治療を……」
 ガンマはバンダナ男……ベータにそう言い残して、カクリと首を垂らした。どうやら安心したことを引き金に意識が限界を迎え、気を失ったようだった。
「任せておけ」
 ベータは気を失ったガンマの肩をポンポンと叩き、周囲に気を張り巡らせつつ、コウモリ女……シェーダーの怪我の手当てをはじめた。

 その後、拠点に帰ってきた4人。シェーダーの耳、そして勘……それと、拾い物のコンパス(その近くには屍があった)で無事に戻ることが出来た。報酬は割り引かれたが、当初の想定よりも危険だったことによって出た手当てでほとんど当初の報酬通りになった。
 アルファとベータは拠点近くの自宅へ、ガンマとシェーダーは国をまたいで自分たちの作った家……の予定地に立ててあるテントに戻る。
 冒険者というのは、ある意味では過酷な仕事だ。誰もが食い扶持を稼がねば好きなようには暮らせない。
 性格や気質、そのほか様々な理由でまともな職に就くことが出来ない者たちが、こぞって冒険者になる。そんな冒険者に来る依頼の内容がまともじゃないのは、仕方がないのかもしれない。
 それでも冒険者が冒険者稼業を続けるのは……やはり、食い扶持を稼がねばならないからなのである。綺麗事を言っても、社会はカネで廻るものなのだから。
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