踊りませんか? 表

文字数 742文字

建国記念の夜会。幼馴染で学友の侯爵令息が僕の前で一礼して言った。
「パーシヴァル殿下。よろしければ私と踊りませんか?」
僕は引き攣りそうな顔を必死に取り繕った。
怒鳴りつけたくなるのを堪える。
何を考えているんだ、この馬鹿は。

そこは『踊っていただけますか?』だろう。
いや、そういう問題でもないが。

僕は兄上の練習相手をしているから、女性のステップも確かに踊れる。
けど、男同士だ。
こんな公の場で同性を誘うとは。

僕は第五王子で。
後ろ盾が弱く。
陰口ばかり言われていて。
つい最近、婚約者に逃げられた。

そしてこいつは宰相の三男で。
女性には良い思い出がないらしく。
次々に舞い込む縁談から逃げ回っている。

「いいじゃないか、パーシー。俺たち、利害は一致しているだろう? 君は逃げた婚約者のことを有耶無耶にしたい。俺は政略結婚なんかしたくない」
小声でそう囁かれた。

「アドレー。お前……別に僕のことが好きなわけでもない癖に」
なんでもないことのように言おうとして、ほんの少しだけ声が上擦った。
アドレーが穏やかに微笑む。
「偽装結婚できそうなくらいには好きだよ」

そう、偽装だ。あくまでも。
法律で同性婚が認められたばかりの、このタイミングだ。
宰相の息子が第五王子に偽りの愛を囁けば、さぞかし噂になることだろう。

僕の婚約者を攫って逃げたのは、僕の専属護衛騎士だった。
二人が思い合っていることを知っていた僕は、大事な友人たちのために駆け落ちの手引きをしたのだ。

彼らから人の目を逸らすことができるなら、確かにそれはありがたい。
けれど、その目くらましが僕自身か。

「ほら、王子様。お手をどうぞ?」
差し出された手はおそらく、僕を地獄へ引き摺り込むだろう。それを承知で寄り添った。
これは偽装だ。あくまでも。

………………こいつにとっては。





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