第1話

文字数 889文字

 先日、北関東にある当院と同じ医療グループの病院の外来でのお話。
 患者さんは足の浮腫(むく)みで通院中の80歳後半の男性。最近、歩行が困難になってきて、杖歩行から老人車を押して歩くようになった。
 「○○さん、お加減は如何でしたか?」
 「ん~、頭は冴えているんだけど、足腰が弱っちゃって…。」(←庄内弁ではない、東北弁でもない。)
 「そうですか…? 何か運動はしていましたか?」
 「いいや、前回外来を受診してから、一歩も外には出でていません。」
 「えっ!? では、1か月、ず~っと家の中に居たんですか?」
 「そうです。家屋敷は広いので、家の中も老人車で移動はしていましたけど。」
 話し相手がなく寂しいのか、足の診察が1、残りの9は雑談になった。
 聞くと現役時代はコンピューター関連の仕事だったらしい。だからスマホ、パソコンはお手の物、最近は和歌に凝っていてTwitter のアカウントのフォローワーは2万人を超える人気らしい。彼は多才で、和歌の教養もあるらしい。
 「今年は足が弱って、もう花見にも行っていません。」
 「そうですか…。それは残念なことですねぇ…。」
 「だから、今年はインターネットで全国各地の桜の名所の桜を観ているんです。」
と、彼はスマホを見せてくれた。成る程、全国各地の桜の開花の経過が、5分咲き、満開、葉桜と刻一刻と報告されている。
 「でもね、自分の足で花見に行けないのは寂しいですよ。ホントに…。」
 「まだ、ゆっくりでも老人車を押して自分の力で移動できるじゃありませんか。少なくとも現状を維持して頑張って下さい。」

 山形も北関東も言葉の訛りの違いこそあるが、高齢者が抱える問題はどこも同じだ。
 「自分の力で移動できる」これが、老後の生活の質を維持する生命線だと思う。

 んだんだ。

 さて写真は2014年4月7日に浅草で撮影した桜と東京スカイツリーだ。上下方向、そして遠近と、ふたつの真逆が組み合わさった構図が面白かったのでシャッターを切った。

 文末に彼が詠んだ和歌を披露する。
  桜見(さくらみ)に もう行けない 老体も
   インターネットで観る さくら目(うる)

(2023年4月)


 

 
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