第16話 石化病

文字数 1,976文字

「それで、空気感染しないのなら、なぜ同じ地域の者たちが次々に石化病に感染するのだ?」

 興味津々と尋ねてくるレーヴェンに、俺は過去の人生で得た知識を披露する。

「同じ地域の人々が次々と石化病に感染するのは、空気感染ではなく、主に水が原因なんだ」
「水……?」
「見たところ、この村の水源はあの湖のようだな」
「それが何だと言うのですか」
「村の人々は湖の水を飲料水として、日頃から飲んでいる。違うかい?」

 それが何か問題でもあるのかと首をかしげる彼女たちに、俺は石化病の原因について詳しく説明する。

「石化病は、体内に多量の瘴気が取り込まれ、それが細胞を悪性化させる状態を指すんだ」
「細胞が悪性化……?」

 レーヴェンは顎を指で触れながら、必死に理解しようとしていた。

「それと湖の水と何の関係があるというのです」
「調べてみないとはっきりしたことは分からないけど、たぶん湖には瘴気を含んだ特殊な鉱石があると思う」
「鉱石……?」
「その鉱石は紫色に輝いていて、長い年月をかけて魔物の糞が固まったものだ。それが人体に害を及ぼす瘴気を含んでいる。つまり、湖の水がその瘴気を含んでいて、それを飲み続けた結果、細胞が悪性化し、石化病が発症する。そして、同じ地域に住む人々がほぼ同時に感染するのもそのせいだ。この誤解から、多くの魔法医学者が空気感染だと考えていたんだ」

 説明が終わると、レーヴェンは即座に湖の調査を命じた。

「かしこまりました」

 ハーネスはメイドたちを湖に呼び寄せ、素潜りで湖の底を調査し始めた。

「それで、石化病を治す方法はあるのか?」

 深刻な表情のレーヴェンに、俺は「もちろんだ!」と答えた。

「体内に取り込んでしまった瘴気を取り除けばいい。そのためには浄化石が必要になる」
「浄化石……そんなもので治るのか?」

 浄化石は、魔物が寄りつかないように設置される石で、魔物が放つ瘴気を浄化する効果がある。魔物は自分たちの瘴気が消えることを嫌うため、浄化石は村や街に設置されている。

「ありました!」

 湖に潜っていたメイドの一人が、瘴気を含んだ鉱石を発見したようだ。湖の中に大きな塊があることが判明した。

 この湖には古代に魔物が住んでいたらしく、その糞が長い年月をかけて瘴気を含んだ鉱石に変化したのだ。

「よし、鉱石をすべて取り除こう」

 湖の調査はハーネスたちに任せ、俺たちは再び村に戻ってきた。そして、レーヴェンは大声で村人たちに呼びかけた。

「皆聞くのだ! この者ははランス、お前たちの石化病を治すことができる名医だ!」
「石化病が治るのか?」
「これは死の病なんじゃ?」

 最初は疑念が漂っていたが、レーヴェンの情熱的な呼びかけに徐々に村人たちが集まってきた。



「で、そのような浄化石をどうするのです?」

 俺は村にある浄化石の一部を砕き、粉末にする作業を行っていた。

「すまないが、誰かムクネ草を持っていたら分けてほしい」

 俺の呼びかけに、先ほどの少女がムクネ草を持ってきてくれた。

「ありがとう!」
「……」

 恥ずかしそうに頷いた少女が、母親の元に戻っていく。この一連のやり取りを見ていたレーヴェンは優しく微笑んでいた。

「石化病を治すのに、ムクネ草なんて必要なんですか?」
「ムクネ草は吸収を早める効果がある。粉末状にした浄化石を素早く体内に吸収させるためにも、ムクネ草を摂取することは重要なんだ」

 俺は出来上がった薬を村人たちに渡した。最初は毒ではないかと疑念を抱いている村人もいたが、

「「「おおおおっ!!」」」

 驚きの声が上がった。
 率先して薬を飲んでくれた少女の石化が和らいだことを確認すると、警戒心を解いた村人たちも、次々と薬を受け取り、飲み始めた。

「こ、こりゃすげぇ!」
「絶対に治らないと思っていた、石化病の症状が和らいでいくぞ!」
「皇女殿下様が名医を連れて、俺たちを助けにきてくださったんだ!」

 村人たちは感謝の意を伝えながら、何度も頭を下げていた。俺は謙遜しつつ、「大したことじゃないよ」と言って、レーヴェンと笑顔を交わした。

 かつてどんよりとした村が、今では活気にあふれている様子を見て、俺たちは感慨深い気持ちになる。
 きっとこれがこの村の本当の姿なのだろう。

 病気は人々から笑顔を奪い、心を閉ざさせることがある。今回の人生でも石化病に苦しむ人々を救えたことで、あの時の俺の苦労も――人生にも意味を見出せたと思う。
 ククルたちにも、早く届くといいな。

「あとはこれを一週間程飲み続ければ、体内に取り込んでしまった瘴気は完全に取り除かれるだろう」
「やはり、ランスは私が見込んだ通りの男だ!」

 レーヴェンに褒められると、途端に顔が熱くなる。

「ロレッタも少しはランスを信用してやってくれ。私の恩人だ」
「……そうですね」

 ロレッタの声は少し不満そうだったが、先程までの敵意は消えていた。
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