第2話

文字数 1,081文字

「あの…えっと、」
 おじさんの言葉に、私は戸惑った。どう返事していいのかわからなくて。嫌いか、と言われると頷ききれない部分があるから。だって私、この町以外知らないんだもん。
「今日は少し寒いね。中で紅茶でもどうかね?」
 古びた引き戸が、ガタガタと音を立てて開いた。その中は、外見とは裏腹にとても整理整頓されていて、木の温かみを感じる室内。電気の暖房器具がないのか、灯油ストーブが部屋の真ん中に置かれていた。
 普段の私だったら、絶対に入らなかったと思う。でも今日は、なんだか誰でもいいからそばにいて欲しくて…私は引き込まれるように、おじさんの背中を追ってその家に入った。
「紅茶はミルクと砂糖、どっちがいい?」
「ミルクで…」
 おじさんは、ニコッと笑って、部屋の奥にあるキッチンへと向かった。私はそっと、灯油ストーブの目の前にあるソファへと腰掛ける。
 外はボロボロに見えたけど、家の中は随分明るくて綺麗なんだなぁ…。ソファも案外座り心地良くて、灯油ストーブも温かい。
「今日の夜は冷え込むらしいからね、外にいたら体が冷えてしまうよ。」
 おじさんはマグカップに温かいミルクティを入れて持ってきてくれて、私の目の前に座った。70歳…くらいだろうか。白い髭が生えていて、毛むくじゃら、って言葉が似合う。なんだか、チキンのチェーン店の目の前にいる人形みたいな人だなぁ、なんて印象。優しそうに笑ってて、あの人形を彷彿とさせる。
「あの…おじさんは、おいくつなんですか?」
「私は今年で70だったかなぁ…お嬢さんは?」
「私は高校一年生です。」
「じゃあ入学したてか!環境が変わったばかりで、気疲れしてしまうだろう?」
「はい…しかも勉強も全然ついていけなくて。無理して入った学校だったから…。」
 おじさんと話していたら、自然とそんな言葉が出てきた。お母さんと話していた時は、どんなに話そうと意気込んでも話せなかったことなのに。
「最初は皆そんなもんさ。色んなことに手一杯で、余裕が無くなるものだよ。」
 おじさんは、紅茶をゆっくりと飲みながらふわりと笑って見せた。それはとても柔らかい笑顔で、こんな夜に家に招くおじさんなんて怖い人かもしれないのに…不思議と、怖さは一切なかった。この人は、信用出来る。そう心の底から信じることが出来た。
「…おじさん、ここで宿題やってもいい?終わってなくて…。」
「いいけど…お家の人は心配しないのかい?」
「うん…家だと妹と弟がいて集中できないの。」
「…そうかい、好きなだけやっていきな。」
 おじさんはそういって、また目尻と眉毛を下げて笑うと、黙って紅茶を飲んでいた。
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登場人物紹介

佐原 凜子(さはら りこ)

15歳の女の子。町一番の進学校に通う高校一年生。

裕福な家庭で育ち、七人姉弟の長女。

松本 一平(まつもと いっぺい)

70歳のおじいさん。

廃れた商店街で以前は中華まんの店を営んでいたが、今は店をたたんでいる。

林田 翔太(はやしだ しょうた)

15歳の男の子。凜子とは保育園から中学まで同級生だったが、現在は町で一番偏差値の低い学校へ通う。

公務員で優秀な姉がいる。

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