ペトロとパウロ サマリアで舞台に立つ

文字数 3,372文字

どうもー、ペテロでーす。
どうもー、パウロでーす。
二人合わせて、ペテロとパウロでーす。
そのままやないかい!
わかりやすいほうがいいかと思いましてね。
まあね。覚えてもらわないとはじまりませんから。
私たち二人、イエス様の弟子なんですけどね。
私のほうはちょっと遅れた弟子なんですけどね。
彼は、イエス様が亡くなってから、その教えに目覚めたというね。
そうなんですよ。
私は十二使徒と呼ばれるイエス様の十二人の弟子のなかでも、まあ、自分で言うのもなんですが、一番上かなと思うんですけどね。彼の方は最近入ったばかりなので、十二使徒どころか、一番下のほうの信者になるわけですね。
悔しいです!
まあ、そういう二人で、伝道旅行をしているわけなんですけど、ここサマリアでも、皆さんにイエス様の教えを知ってもらいたいと思って、こうして来たわけなんですよ。ちょっと、聞きたいんですけど、このなかに、イエス様、知ってるーって言う人いたら、手を上げてもらっていいですか。
あ、結構いますね。
半分以上の人が。
いや、嬉しいですね。これは。あれですかね。皆さん、どうして知ってるんですか。やっぱり、磔刑のときに地震があったのが話題になったからですか。
頷いてる方も大勢いますね。
じゃ、その中で、実際にイエス様の説教を聞いたことがあるよって方。
あ、三十人くらいいますかね。サマリアの方でも、思ったよりたくさんの方が。
善いサマリア人の例え!
おお、そこの男性の方、よくご存知で。そうですよね、イエス様は皆さんのことを例えとして使ったりもしてるんですよね。
ええ、もう少し聞いてみたいですね。じゃ、山上の垂訓を聞いたことがあるよって人。
おお、いる!
そんな古参の方も。これはパウロさんよりもはるかに神の国に近そうですよ。
悔しいです!
今でこそ、こうして二人で伝道旅行なんてしてますけどね、最初、このパウロってのはひどい男でね。
まあまあ、蒸し返すのはよそうよ。
私たちを散々迫害したわけですよ。
えええええええええええええええ!
ほら、お客さんもお怒りだよ。
いや、そのときは、イエス様がまさか本当の救世主だとは思ってなかったから。
だからってね。迫害までする?
いやいや、カイアファがさ。やれって言うからさ。
皆さんもご存知だと思うんですけど、カイアファっていうのはサドカイ派のね、ひょっとこみたいな顔した大祭司ですね。しかしね、大祭司にやれって言われたからって、やるかね、ふつう。
謝ります。あのときの私はどうかしてました。
私の友達にステファノという男がいたんですけどね、まだ若かったんですよ。その男の石打ちに参加してますからね、この野郎!
石は投げてないから! 信じて! 皆の服の番しただけだから!
そんな人間がどうして、回心したんだっけ?
私がダマスコに行こうとしていたときにですね。
ダマスコにはどうして行こうとしていたんだっけ?
あの逃げた信徒を迫害しに……。
ねえ、皆さん、ひどいやつでしょう?
反省してます!
それから、どうしたんだっけ?
道を歩いていたら突然ですね。呼びかけられたんですよ。パウロ、パウロ、なぜ、私を迫害するって。誰もいない道ですよ。私の仲間たちはいましたけどね。しばらく、きょろきょろしちゃいましたよ。
そうしたら、次に空がピカッと光ってね。私ね、目が見えなくなったんですよ。目が眩んだとかじゃないんです。まったく、見えなくなった。なんだろなこれな。怖いな怖いなと思ってね。
私、聞いたんですよ。あなたはどなたですかって。そうしたら、声が言うわけですよ。お前が迫害するイエスだって。私、びっくりしちゃってね。こんなことがあるだろうかって。そうしたら、声がさらに言うんですね。町に行きなさい。道が示されるだろうって。
仲間に手を引かれて、町に連れて行ってもらったけど、それから、私、三日間、目は見えないし、飲まず食わずですよ。もう食べる気がしない。私はなんてことをしてきたんだろうと思ってね。怖さもあるしね。私はこれからどうなるんだろうっていうね。
そうしたら、アナニアっていう信者がやって来まして、私の目を見えるようにしてくれた。そのアナニアもやっぱりね、イエス様の声を聞いて、私のところに来てくれたんです。
それからというもの、こいつはもう、真逆ですよね。
すぐに洗礼を受けまして、もうその日から、伝道開始ですよ。
ねえ、びっくりですよ。あれだけ迫害していた男が。
私ね、皆さんにはひとつ聞いておいてもらいたいことがあるんですよ。偉そうなことを言ってる、一番弟子のこの男、一度ね、イエス様を裏切って――
ううゔゔゔゔ、やめなさい! 口を押さえるんじゃない! 皆さん、一度裏切ってるんですよ、この男!
ええええええええええええええ!
あーあー、聞こえない聞こえなーい。
聞きなさいよ! 俺のことも散々言ったんだから!
いや、裏切ってはいないと思うよ?
裏切ったでしょうよ。主を知らないって言うのは裏切りでしょうよ。
いや、裏切りっていうのは、ユダやんみたいなことでしょう?
彼は別格として、ペトロ兄さんのしたことも十分裏切りだと思うんですよ。だってね、皆さん、イエス様のことを知らないって言ったんですよ。それも三回も。
ええええええええええええええ!
まあまあまあまあまあまあ。
一回ならうっかりってこともありますよ。学校の先生のことを間違えて、お母さんて呼んじゃうみたいなね。それくらいならあるでしょう? でも、三回はないですよね。ほら、皆さんも頷いていらっしゃる。
あのときはね、私も命の危険があったんですよ。
だからって、主のことを知らないって言いますか?
カイアファにも目をつけられていたりして……。
ほら、あいつ怖いじゃないですか?
それはわかりますけどね。
あいつね、怒ると、服を破るんですよ。
え、ペトロさんの服を?
それならまだいいんですよ。いや、それはそれで怖いですけど。あいつね、怒ると自分の服を破るんですよ。
え、自分の服を? どうして、自分の服を? え、どんな意味があって?
フンってね。やるんですよ。おしっこ漏らしそうになりますよ。
あいつの服なんて、絶対、香油よりも高価だろうに。
あいつがどれだけボロ儲けしてるかってことですよね。主を十字架につけた兵士なんか、主の服をくじ引きで分けたってのに。
本当ですか! それは私も欲しいですよ!
目がマジですね……。
ところで、ペトロ兄さんは、イエス様の磔刑には立ち会ったんですか?
いや、見てないんだよ。ちょうど、そのとき、裏切ってたからね。いや、裏切ってはいないよ!
あ、そういうのいらないです。
冗談はともかく、やっぱり、話に聞いただけでも、辛くなるよね。主は苦しかったろうってね。それに、もし自分が、主のことを知らないって言わなかったら、隣の十字架にいたのかなとか思っちゃうよね。
そうでしょうねえ。
私だけでなくね、弟子たち、情けない話、ほとんど皆逃げちゃってね。マリアちゃんなんかは見てたらしいけどね。
おい、失礼だな! ちゃんて!
まあまあ、長い付き合いなんで。
親しいからって、ちゃんはダメだろ! 主のお母様にむかって!
そっちのマリアじゃねえよ! マグダラのほうですよ。
あ、そっちか。
ところで、ペトロ兄さん。
はいはい。
夢ってありますか?
唐突だなあ。そりゃ、ありますよ。もちろん、主の教えが、世界あまねく広がってくれることが、私の夢ですよ。パウロさんもそうでしょう?
もちろん、そうなんですけどね。ただ、私の場合、もう一つありまして。そこがまだ私の未熟なところですよね。兄さんたちの足元にも及ばない男です。
ほう。そのもう一つというのは?
主の教えが広まってほしいのはそうなんですが、合わせて、私も有名になりたいというか。歴史に名を残したいというか。ほら、オリンピアでメダルとった人の名言とかあるじゃないですか。私もああいう感じで名前となにか言葉を残したいなあと、不遜なことを願っちゃったりなんかしてまして。
気持ちはわかりますけどね。
ほら、水泳でメダルをとった人で、いたじゃないですか。何も言えねえって人。
いましたねえ。あれは名言でした。
一時期、みんな真似してたんですね。ああいうの羨ましいですよね。
パウロさんならどんな言葉を残しますか?
なんも見えねえ……
それ、名言ですか? もういいよ!
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登場人物紹介

ペトロ。イエス・キリストの一番弟子。私は絶対に裏切りませんよとイエスに言ったのに、今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろうと予言され、その通りになった残念な人。

パウロ。キリスト教を世界宗教とした一番の功労者。最初、イエスの信徒たちをめちゃくちゃ迫害していたのに、ダマスコへの道で、イエスに声をかけられると、途端にイエスの布教をはじめたお調子者。

サマリアの人々。サマリア人の譬えにあるように、なぜか嫌われていた。

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