ペトロとパウロ ダマスコぶらり旅

文字数 3,375文字

ペトロでーす。
パウロでーす。
ふたり合わせて、ペトロとパウロでーす。
いやあ、晴天に恵まれましたねえ。
恵まれました! 見てください、この雲ひとつ無い、真っ青な空。これも主の思し召しですよ。
パウロさん、ここはどこですかね。
イエーイ、ダマスコですよ!
はしゃいでますねえ。
ついに来ました! パウロの回心で有名な町ですよね。
自分で言うかね。
なんも見えねえ。
満面の笑みじゃないですか。そのとき、そんなじゃなかったでしょう?
そうですね、あのときはね、ほんとね。飲むも食べるもできないし、このまま死ぬんじゃないかと思ってました。
そこにアナニアさんが来てくれたわけですよね。
そうなんですよ。今もいるかな、アナニアさん。
どうなんだろうねえ。
いやあ、懐かしいなあ。
でも、前来たときから、まだそんなには経ってないでしょう?
いや、一歳だった子供が二歳になるくらいの月日が……。
一年じゃないですか。
ペトロさん、ファンなんです。握手してください。
あ、私ですか? いいですよ、これからも主の教えをよろしくお願いしますね。
ありがとうございました!
……。
どうしたんですか、パウロさん。なんか不機嫌そうじゃないですか。
今のガキは、有名なパウロの回心を知らないんですかね?
口悪いな。知ってるけどってことじゃないですか。
知ってるけど? 知っていながら無視ですか。
だって、パウロさん、一年前、この町にどういう目的で来たんでしたっけ。
皆さんを迫害しに……。
ですよね。
もう時効じゃないの!
一年ではどうでしょうか。ステファノさん、死んでますからね。
でも、正直な話、ステファノさん、話長いじゃないですか。だいたい、あらすじだし!
そこのお兄さんたち、これ食べないかい? 美味いよ。
あ、私たち、今、お金が……。
ああいいよ。サービスサービス。
ごちそうさまでーす!
人が温かいね。
そうでしょう。
いや、君の町じゃないでしょうよ。君、タルソスでしょう?
第二の故郷ですよ。心の故郷。
まあ、そうかもしれないね。君にとっては。ところで、この食べ物なんだろう?
イナゴですかね。洗礼者ヨハネが食べてたやつですよ。
せっかくだからいただこうか。
ええ。
……。
じゃ、パウロくん、行きたいところあったら言ってください。思い出の場所とか。
ああ、あそこ行きたいっすね。世界で一番有名な通り。真っ直ぐ通り。
え、知らないなあ。
真っ直ぐ通りを知らない? 嘘でしょう?
どういう通りなんですか。
真っ直ぐなんです。
それはだいたい想像ついたよね。
私が目が見えなくなったとき、あったじゃないですか?
あの名言のときね。
なんも見えねえ。
だから、なんで満面の笑みなんだろうね。
そのときに、その通りにある人の家でお世話になっていたんですよ。名前はユダさんて言って、縁起はよくないんですけどね。
ユダさんもたくさんいるからね。
イエスって名前もときどきいて、あれ、すごいむかつくんですよね。
それはしかたないじゃないですか。なるほど、それは懐かしいね。
ただ、正直、いい思い出とは言いにくいですね。
そうなの?
主と出会えたということでは素晴らしい体験だったんですよ。でもね、三日間飲まず食わずでいるときにね、私と一緒に来た連中がいたじゃないですか?
迫害仲間ね。
もういいでしょうよ、それは! 私だって反省してるんですから! 『もし兄弟が罪を犯したら、戒めなさい。そして、悔い改めれば、赦してやりなさい』って主に言われたの忘れたんですか!
あれ、どうしてそれ知ってるの?
前に、アンデレ兄さんに聞いたんですよ。
それ、私の弟だよ。
知ってますけど。アンデレ兄さんて、でかいですよね?
でかいかな。私とあまり変わらないと思うけど。
人間山脈って感じする。
それ、アンドレだな。それで、迫害仲間がどうしたの。
あいつらがひどいこと言うわけですよ。私に聞こえないようにひそひそと。でもね、こっちは目が見えなくなってるせいか、それが耳につくんですよ。
なに言ってたの?
あいつはなにか罪深いことをやったんで、神に呪われたんじゃないかって。
ああ、言いそう。
それで余計に私、なにも喉通らなくなっちゃって。
それで、三日も飲まず食わずだったんだなあ。
そうなんですよ。で、アナニアが来たときに、私思わず、聞いちゃったんですよね。私は神に呪われたんだろうか。だから、目が見えなくなったんだろうかって。
かなり、弱ってたんだねえ。
ええ。
そうしたら?
昔、弟子の誰かが、主に聞いたことがあったらしいんですよ。この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですかって。
あ、それ、私だ。
あ、兄さんですか。
古い考えに囚われてたからね。面目ない。
そのときに主が、本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためであるって言ったっていうのを教えてもらって、私不覚にもね、涙ですよ。
それで、鱗みたいなのが落ちたんだ。
すいません、兄さん、それ、盛ってます。
え、盛ってたの。実際は鱗みたいなのじゃないの?
ちょっと似た感じのゴミでした。
似た感じって形が? ティラピアの鱗くらいに大きかったとか?
いやあ……小さい……。
え、それじゃ、最近流行りはじめてる、目から鱗って言葉はどうなんの?
目からゴミ……。
よくあることだな!
ふふふふふふふふ
え、今の誰?
知らないです。
なんか、変なポーズしてたけど。
そうすっね。
ダマスコは変わった人がいるな。
サマリアの人はわりとノリが良かったですよね。
良かったねえ。
古参の人なんかもいてね。
いたいた。
ダマスコはどうでしょうね。かの有名な山上の垂訓が行われたガリラヤ湖にも近いし、いるかもしれませんね。
聞いてみようか。
いいですね。
あのちょっと変わった人に聞いてみよう。すいませーん。
はいはい、なんでしょうか。
突然なんですが、イエス・キリストのことは知ってますか?
知ってますとも。
もしかして、山上の垂訓を聞いたことがあるとか?
それは無いですねえ。
ちょっと、ほっとしますね。また、私よりも古参の人だったらショックですからね。
そうか、パウロくんはどきどきだよねえ。ちなみに、はじめて知ったのはいつですか。
そうねえ。昔、ベツレヘムにいたとき、馬小屋にね、三人の博士が訪ねてきて……。
……。
生まれたばかりのイエス様が、お父さんお母さんといらして、そのとき、最前でマサイしてたのが私です。
兄さん!!
いやあ、すごい人もいたもんだねえ。
まさか、東方の三博士の来訪に立ち会っていた人がいたとは。
たぶん、最古参だね。
受胎告知に立ち会った人がいれば、また別ですけどね。
たしかに。
あ、そこを曲がると、ついにですよ。ペトロ兄さん。
ついに、真っ直ぐ通りか。
行きますよ。曲がりますよ。せーの。
おお、すごい。これは真っ直ぐだわ。すごいな。こんな真っ直ぐなんだね。
私がいたのはそこの家ですね。
雰囲気あるねえ。いかにも、パウロの回心って感じの家だね。
それはよくわかんないですけど。アナニアのお陰で目が見えるようになった私は、もうね、すぐですよ。近くの川へ行って、アナニアから洗礼を受けましたねえ。
どうでした、そのときの気持ちは。
いや、もうねえ。すべてが洗い流される感じ? これまで身体のあちこちに淀んでいたものが、さっと流れていく感じと言うかね。もうね、心持ちが180度どころじゃないですよ。もう、359度くらい違っちゃった。
すぐ隣だなそれ。
気分的には、ほんとそんな感じでしたよ。そういえば、兄さん、バプテスマっていつでした?
いつって……いや、どうだろ、とくには。
え……。
いや、主に直接呼ばれて、ついて行ったからさ。主の復活後に、聖霊のやつとかは受けたけど、水のやつはべつに。強いて言えば、湖面を歩こうとして溺れかけたときがあったら、あれかもしれないな……。
ああ、そうなんすね。わりと適当っすね。
主もべつに何も言わなかったしなあ。
でも、主は受けたんでしょう? 洗礼者ヨハネから。
らしいよね。
兄さん、適当っすね。
う、うん……。
ふふふふふふふふふふふふ。
あ、また、さっきの人だ。
さっと通り過ぎて行っちゃうけど、誰なんだろうなあ。
ふふふふふふ。ひさしぶり。
え、会ったことある方ですか?
アナニアです。
え、変わったなお前!
えー、なんだか、二人が熱く話しはじめたので、今日はこのへんで。ばいばーい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ペトロ。イエス・キリストの一番弟子。私は絶対に裏切りませんよとイエスに言ったのに、今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろうと予言され、その通りになった残念な人。

パウロ。キリスト教を世界宗教とした一番の功労者。最初、イエスの信徒たちをめちゃくちゃ迫害していたのに、ダマスコへの道で、イエスに声をかけられると、途端にイエスの布教をはじめたお調子者。

サマリアの人々。サマリア人の譬えにあるように、なぜか嫌われていた。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色