時限仕掛けのリンゴ

文字数 1,642文字

 通称「呪われたトンネル」は、私が住む町・沙華町(しゃげまち)の最北端にあり、それは有名な心霊スポットである。

 なぜ呪われているのかというと、真夜中にこのトンネルを通り抜けた人間は漏れなく不可解な死を遂げるからだ。

 理由は何でもいい。医者の家系に女児として生まれ、優秀な弟を持つ家族の中で、私の居場所はどこにもない。生きる意味を見出せずにいた私は、そのトンネルをくぐった。自殺を踏みとどまってしまう私を、何かの力によって彼岸へ辿り着けるようにしてほしかった。

 しかし、半年経っても私は生きている。そればかりか、
―うっ、苦しい…。息が…
前方から聞こえてきたのは中年男性の"声"。私は近づいてくる大型トラックの運転席を凝視した。減速しないスピード、そして見えてきたのはうなだれた中年男性の姿。

 間違いない、この人の"声"だ。

 進行方向の歩行者用信号は点滅し始め、車両用信号はあと数秒で赤になる。このまま行けば信号を無視して交差点へ突っ込むんでしまう。

 だけど、そのことに気づいていない人がいる。青信号になった横断歩道を渡ろうとする人。考えるより先に走り出し、彼の腕を思いっきり引っ張る。

「危ない!」

 ドッカーン!とけたたましい音と一緒に、尻もちをついた。トラックは標識をひしゃげ、向かいの歩道に乗り上げて停止した。

 間一髪…。

 「あ、あの…今のは…」隣にいる先ほどの男性が怪訝そうに訊いてきた。つり目でボサボサ頭の小太りの男性。

「あ、ごめんなさい!トラックが突っ込んでくるのが見えたから」

「そうでしたか…。ど、どうも」

 男性は落ちていた黒いメッシュキャップを軽くはたき、目深に被った。襟足が長く、遠目には女性と見間違える人がいるかもしれない。

「いえ…。すみません、私急いでいてて…救急車お願いしますね!」

 私は振り返らず立ち去った。「トラックが突っ込んでくるのが見えた」は本当だ。そのトラックの運転手が意識を失う直前の"声"を、私が聞いたことも。あのトンネルをくぐって以来、なぜか他人の思考が"声"となって聞こえてくるようになった。

 私の知りたいと思っていたことが、夢にも出てくることがある。例えば、英語のテストの作文テーマ。夢の中で、私は「政治」に関連する単語を調べていた。テスト当日に出たテーマは「若い人々が政治に興味を持ってもらうには、どうすべきか」。

 このような夢は毎回見られるわけではない。固有の能力なのか、制限があるのか、何が引き金となるのか、そもそもの起因が分からない。

 唯一言えるのは、未知の力を手にいれたということ。「呪われたトンネル」の噂が本当だとすれば、私が生きながらえた理由は神様が生きろと言ってくれたからだって、思うようになった。

 希死念慮は違う形で解消された。今は規模が小さいけど、この力を駆使すれば私は誰よりも早く情報と知識を手にできるかもしれない。そうすれば、より多くの事故や事件を未然に防げるような行為につながる。医者になれないような落ちこぼれの私でも、女性の私でも人の役に立てるのだ。

 人知れず命を救うのって、映画の主人公になった気分。



 高2の夏。どんな時でも、私にしか変えられない未来がある。

―外暑すぎ。親に送迎頼むんだった

 この"声"は窓際の席の田中くんだ。いいな、気軽に親へ頼み事ができるなんて。

 そういえば、トラックの運転手さん無事だったのかな。スマホで「沙華町 トラック事故」で調べるも、重体のままでその後どうなったかは書かれていなかった。無事でいてくれますように、と祈りながらスマホをポケットにしまって、新しいルーズリーフに「Innocence ⇔ Guilt」と板書した。

 私はこの時、気づいていなかった。
 沙華町周辺で発生している幼女連続誘拐殺人事件の容疑者の特徴が、つり目でやや長めの髪そして小太りであり、私が助けたあの男性の容姿と一致することを。
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