屋根裏のビデオテープ。

文字数 2,568文字

1

引っ越し前の大掃除をしていたら、屋根裏からビデオテープが出てきた。
「これが噂の呪いのビデオだな」―と言いながら、青年は苦笑した。
心当たりのないビデオテープが屋根裏から出てくる。そして、それを見た人間は呪われて数日以内に不幸に見舞われて、下手すれば命を落とす。こんな話をどこかで見聞きしたおぼえがあった。

ケースも、ラベルもない、むき出しのビデオテープだったが、実際問題、青年はそのビデオテープには見覚えがなかった。
このアパートに越してきて三年が経つ。この屋根裏はヘソクリなどの貴重品を隠すために開けたことは何度かある。―が、こんなテープを投げ入れた記憶はない。もちろん、(実際に入れたのに記憶にないだけ)というお決まりの理屈は絶対にないと断言できる。青年は録画機器はDVDしか持っておらず、ビデオは所持していなかったからだ。
青年は、一度は手に取ったそのビデオテープを屋根裏の元にあった場所に戻した。その拍子に舞いあがった埃のかたまりに咳込みながらも屋根蓋を閉じて、にやりと笑った。
「その手にはのらないよ」
大掃除を終え、荷造りをすると間もなく青年はそのアパートを出ていった。

2

それから三ヶ月後、新たな住居人が越してきた。都内に務めるショップ店員の女性だった。
彼女は、その部屋に二年住んだ。その間、屋根裏の蓋が開けられることは一度たりともなかった。彼女はその多忙さゆえか、放漫さゆえか、部屋を掃除することはほとんどなかったのだ。
そして、二年目の引っ越し前日の午後。彼女は最近できた彼氏と一緒に部屋の片づけをしていた。
「おい、なんだこれ」―たまたま彼氏が屋根裏のビデオテープを見つけた。「見てみようぜ」
「そんなんあんの知らなかったあ」
彼氏は、ビデオデッキにそのテープを差し入れると、再生ボタンを押した。
真っ暗な画面がしばらく続き、やがて軽いノイズのあと、どこか見覚えのある建物がおぼろげに見えたところで―彼女は停止ボタンを押した。
「なんか不気味なんだけど。これこのアパートじゃん」
「このアパートのPRビデオか何かかなあ?」
「これフンイキ的にさあ、呪いのビデオってやつじゃないの?」
「見たら死ぬらしい…っていうアレか?」
「まじキモいわ。見ない方がよくない?」
「…まあ、何かあったらめんどくせーもんな。やめとくか」

―と、彼氏は吐き捨てるように言うと、テープを屋根裏の元の場所に乱雑に放り投げた。
二人は荷造りをすませると、仲良く寄添って、アパートを出ていった。

3

一ヶ月後、引っ越してきたのは若い会社員の男だった。
意外にも屋根裏の蓋は引っ越してきたその当日に開けられることになった。
病的な潔癖症であったその男は屋根裏まできれいに雑巾がけをしようとしていた。コトンという音―。何かと思い、手を差し入れると、それは一本のビデオテープだった。
さっそくビデオデッキにそのテープをいれて、再生ボタンを押した。
「どうせ個人の撮ったホームビデオか、そんなものだろう…」
真っ暗な画面がしばらく続き、軽い砂嵐の後に少しだけ映像らしきものがふわりと見えた。景色?いや、誰かの家の庭先の映像…? カメラの撮影主はゆっくりと歩き、赤錆びた階段の前で止まった。

男はそこで停止ボタンを押した。
今いるこのアパートの階段じゃないか…。もしや…これは噂の呪いのビデオでは…。
途端に全身の毛穴が逆立ち、背筋が寒くなった。不意に誰かの視線を感じる。カッと眼を見開き、辺りを見まわすも誰もいない。
男は思う。きっと、このビデオの内容の大よそはこちらで予想できる程度のものだ。撮影者はそのまま階段を上がり、2階のこの部屋の前で立ち止まる。そこで呼び鈴を押すと同時に、こちらの呼び鈴も鳴るのだ。こんな時間に何事だよーと、安易な気持ちでドアを開けた部屋主は、見てはいけないものを見てしまう。おわかりいただけだろうか。この部屋で自殺した人間の怨念だとでもいうのだろうか、うんぬんかんぬんー。

こんな調子だろう。
男はビデオテープを元の場所に戻した。
そして、一年が経つと、仕事の事情でそのアパートを出ていった。

4

半年後、高校を卒業したての青年が引っ越してきた。
はじめての一人暮らしに胸をときめかせながらも、青年は部屋の掃除をはじめて間もなく、屋根裏のビデオテープを見つけた。
「何だこれ」―さっそくテープをデッキに入れる。少々乱れた画面の後、赤錆びた階段が映った。ホームビデオかな…それにしても何となく薄気味悪い雰囲気の内容だな…。いや、待てよ。もしかしてこれは…呪いのビデオじゃなかろうか。見た人間は呪われるっていう…。
青年のそんな心配をよそにテープは再生され続ける。撮影者は赤錆びた階段をカツンカツンと固い音を立てながら、上がりはじめた。ハイヒールの音。きっと撮影者は若い女だ。
やがて、二階に足を踏み入れると、とある一室の前で歩を止めた。
「この部屋じゃないか…」
ほんのささいな好奇心が、瞬時に大きな恐怖にかわった。青年の額から汗がドッと噴き出した。途端に胸の鼓動が波打ち、手足の震えが止まらなくなった。
画面の中では、人差し指を立てた女の生白い手がいまや呼び鈴を押そうとしていた。

ピンポーーン
ピンポーーン

来た!
青年はぶるぶると震えながらも、そのビデオを取り出すと元の場所に戻した。それに呼応するがように呼び鈴は鳴り止んだ。
よかった。助かった。青年は安堵した。

5

それから何年もの月日が流れた。
老朽したアパートは今月をもって取り壊されることが決まった。
結局、屋根裏のビデオテープはその部屋に住んだ住人の何人にも最後まで観られることはなかった。
ビデオテープは大家の男性の子息である男の手元に渡った。

男はビデオテープをデッキに入れると再生ボタンを押した。
「おや、ちょうどドアが開くところだぞ」
男はその身を乗り出して画面を凝視する。
人差し指を立てた女の生白い手が呼び鈴のボタンに向かって、にゅうと伸びる。
「いいぞ。そのままそのまま」

ピンポーン―
誰も出ない。

ピンポーン―
まだ出ない。

ピンポーン―
やっぱり出ない。

それでも女の手は呼び鈴を鳴らし続ける。
誰も出てこない。
その作業は、ビデオテープの残量がなくなるまで延々と続いた。
「そりゃあそうだよなあ」

子息の男は、呆れるようなため息をついた。
「誰も開けてくんねえだもん」

完。
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