第1話

文字数 835文字

 ひとを悼むために生まれた白い花に埋もれるようにある友の顔を、瑠衣はもう一度見上げた。大きなパネルの中の彼の微笑は、空々しいほど穏やかだ。だから、分からなくなる。死んだのはほんとうにおれの友だちか? おれの親友は、ほんとうに死んだのだろうか。キアロが死んだのは紛れもない事実であるのに、まるで今この光景こそが夢であるかのような感覚に陥る。
 実際、非現実的な景色だった。幼い頃から一緒に過ごした友の写真が、こうして引き伸ばされ、市民を救うために殉職した英雄として祀られているのだ。自分の人生に対しこれほど不釣り合いで、奇妙なシーンはないようにおもう。
 そんなどこか他人事めいた浮遊感のただなかにある瑠衣の思考をつんざいたのは、悲鳴にも似た叫びだった。
「あんたのせいだ!」
 その言葉はまちがいなく自分に向けられたものだと瞬時に理解して瑠衣は、その声が発せられたほうを向く。背の高い褐色の肌の男が、目をむき、くちびるを噛みしめてこちらを睨みつけている。紅の眸からはぽろぽろと涙を落としている。瑠衣と同じ白いマント形式の喪服に身を包んだ彼が、長い裾を蹴り上げながら近づいてこようとする。「あんたがちゃんと補佐していれば、あのひとは死ななかった」そう声を張り上げた彼を、周りの人間たちが身を挺して制止する。「トリスタン、場所をわきまえろ」「いい加減にしないか」
 瑠衣は茫然と、彼らの様子を見ていた。半透明の分厚い膜をへだてているような感じがした。音は濛々として聞こえる。すべては画面越しに見ているかのように、遠くぼやけている。周りを取り囲む弔問客のみなが一様に着ているマントの衣擦れも、すすり泣く声も、すべては窓の外の虫の声のようだ。ひどい眩暈と頭痛がして、瑠衣はめがねを外す。彼に背を向け、焼香の列に並び直す。
「キアロさんを返せよ!」
 会場から連れ出されるトリスタンが最後に放った一声を、瑠衣は背中で一身に受け止めた。
ーーそうだ。おれのせいだ。

ーーおれのせいで、キアロは死んだ。
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