憎悪を拾う。

文字数 1,934文字

 大昔、ある山奥に小さな村があった。そこから少し離れた川向こうの一軒屋に、サヤと言う娘が一人で住んでいた。
 サヤの両親は遠く離れた異国から村に移り住んできた人間だった。その為家族同士では異国の言葉で会話し、村の住人が口にしない獣の肉を口にしていた。村の住人達はそんなサヤたち一家を気味悪がり、口々に悪い言葉を浴びせて離れた場所に住まわせ、村の行事等にも参加させなかった。
 サヤの父親は彼女が十二になった時に病死した。サヤと母親は村の住人に助けを求めたが、村の住人は自分達の知らない病気だとか、お前達固有の病気と言って無視した。そして父が亡くなった後、母親は雨で足元の悪くなった山道から転げ落ち、岩に頭を打ち付けて死んでしまった。
 残されたサヤは一人で生きて行かければならなかった。幸いにもサヤには山の獣を狩り、木の実や山菜を食べる方法を身に付けていたので、食べる物には困らなかったし、両親が残してくれた書物のお陰で知性もあった。だが家族もおらず常に一人と言うのは過酷であると同時に、年頃の娘には悲劇であった。
 ある日の昼前。山に入って食糧にする山ネズミ数匹を捕まえて帰宅する途中、サヤは森の中で赤ん坊の泣き声を聞いた。気になったサヤは鳴き声のする方向に進むと、そこには赤茶色の毛に包まれた、獣とも人間とも言えぬ不気味な生物が声を上げていた。生き物は粘性のある液体に包まれ、へその緒が付いたまま泣いている。生まれると同時に親に捨てられたのだろうか。サヤは気味が悪いと思ったが、見殺しにしてはいけないような優しい気持ちが芽生えて、その生き物を連れて帰った。
 家に帰るとサヤは生き物についていた粘液をぬるま湯で落としてやり、へその緒を切り落とした。不気味な生き物はまだ泣いていたが、サヤが懐に抱いてあやしてやると少し落ち着きを取り戻した。何かこの生き物が口にできる物はないだろうかとサヤが周囲を見回すと、懐に居た生物は緩くなった着物の胸元からサヤの乳房に吸い付いた。サヤは驚いたが、同時に乳房の内側が熱と共に痛み何か湧き上がる感覚を覚えた。怪物を懐に抱いた瞬間、彼女のまだ青い乳房は乳を出す乳房になったのだった。サヤはその生き物に乳を与えながら、自分が母親になり肉親を持つ喜びを自分の中に宿した。


 それから一年かけてサヤはその生き物を育てた。ヘイトと名付けられた生き物は半年ほどサヤの乳を飲んですぐに大きく育つと、サヤと一緒に山に入り獣の肉や木の実、山菜などを食べるようになった。ヘイトは人の言葉を覚え人間と同じような知性を身に着け、サヤを母と呼ぶ様になった。サヤは自分と同じ背丈になったヘイトを見て誇らしくこう言った。
「ヘイト、お前を拾ってから私は毎日が幸せだよ。何もない時に来てくれた大切な存在だからね」
「ありがとう。俺も母さんに拾われて嬉しいよ」
 ヘイトが照れくさそうに答えると、サヤはすぐ傍に自分の事を気にかけてくれる相手がいるという事実に喜びを覚えた。
 そうして小さな幸せを大切に思える日々を送っていたある日、サヤの家の近くに村の男四人が現れた。四人は家の近くの川で身体を流していたサヤとヘイトを見つけると、そのうち一人が腰を抜かすようにしてこう叫んだ。
「怪物だ!やっぱりあいつら、邪気を持ち込んでくる‼」
 その声に反応したのはヘイトだった。彼はサヤから村の住人たちが、サヤとその両親にしてきた仕打ちの事を聞かされていたので、すぐに怒りがこみ上げた。
 ヘイトはすぐに川から上がって、目にもとまらぬ速さで四人に襲い掛かった。ヘイトは両手の鋭い爪で叫んだ男の首を掻き切り、同じように二人の村人を殺した。最後に残った男は逃げ出したが、すぐにヘイトに押し倒されて、強靭な顎で男の頭を噛み砕いた。四人を殺し終えて血まみれになったヘイトを見て、サヤは呆然としていたが、すぐに川から出てヘイトの側に歩み寄った。
「ごめんなさい母さん。勢いに任せて恐ろしい事をしてしまって」
 申し訳なさそうに謝るヘイトに、サヤは首を横に振った。そして血まみれのヘイトに抱き付き、こう囁いた。
「気にしなくていいのよ。お前は私が育てた大切な子供だもの。これからこいつらの住む村に行きましょう。そこで私達がどんな親子なのか教えてやりましょう」
「いいの?」
「いいのよ。私はお前の母親だもの。ヘイトの味方だよ」
 サヤの言葉にヘイトは小さく頷いた。



 その後、このおぞましい親子がどこで何をしたのかは誰も知らないという。だがこの二人は巧妙に姿を隠して、今もこの世の何処かに住んでいるらしい。

                              (了)
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