闇夜に浮かぶ星

文字数 2,228文字

 私の世界はいつも音で溢れていた。
 綺麗すぎる夕焼けを見て、涙が出そうになる、言葉にできないもどかしい気持ち。
 この思いを歌にして吐き出さないと生きていけない。
 嬉しい、悲しい、寂しい、楽しい。気持ちが勝手にメロディを刻む。頭の中で歌詞がどんどん湧き出る。

 杏樹は勉強もできないし、運動だって苦手だ。家事もできないし、人見知り。
 歌うことしかできない私は、歌わないと生きていけない。でも、綺羅ちゃんには、他の道がある。
 綺羅ちゃんは勉強も、運動もできるし。皆に人気で、お料理も上手で。
 杏樹と一緒にアイドルになってくれたのは、とっても嬉しくて。でも時々ぎゅーっと胸が苦しくなる。

 杏樹には歌しかない。でも、綺羅ちゃんには、他の道がある。

「アイドルよりやりたいことができたんだ」

 そう言われる日がいつか来るんじゃないかって、怯えながら、今日も綺羅ちゃんと一緒にクレープを食べた。

「杏樹。ああ、もう、アイス落とすぞ」
「もうちょっと、もうちょっとで良い感じの写真が撮れるから……」
「そう言って何枚手ぶれしてるんだよ。もう、撮ってやるから、早くクレープ食べろ」
「えへへ。綺羅ちゃん。だーいすき!」

 歌って踊ることだけが、アイドルじゃないらしい。
 今時のアイドルはブログやSNSで写真をとって、メッセージを付けて、情報発信をしていかないと。
 けれど、杏樹は、壊滅的に写真を撮るのが下手だった。

「ケロちゃんも、一緒に撮ってね」
「はいはい。わかってる。ほんと、杏樹はカエルが好きだな……なんで、これにここまで……」

 うん、覚えてないよね。当然だ。
 私達がまだ友達になる前。お菓子のおまけで、欲しいのがでないって、お母さんにスーパーで駄々をこねた。
 たまたま通りがかった綺羅ちゃんが、お菓子食べ終わっていらないしって、おまけくれたんだ。
 小さなカエルのマスコット。
 誰にでも優しくて、面倒見の良い綺羅ちゃんは、そうやって皆を助けて、皆に好かれて、皆の中心にいた。
 杏樹は……自分から話しかけられもせず。ただ端で憧れていただけ。
 あの日貰ったカエルのマスコットは宝物で、鍵付きの宝石箱にしまってある。

 カエルのお礼がしたくて、一生懸命考えて、でもお礼の言葉も上手く言えなくて。
 そのもどかしい気持ちを込めて、綺羅ちゃんに歌を送った。

「杏樹……おまえ、天才だな。歌う天才。凄い!」
「そ……そうかな……?」
「ああ、もっと杏樹の歌を聴きたい」

 綺羅ちゃんが聞いてくれるなら、もっとずっと歌うよ。
 これから作る曲、全部綺羅ちゃんに捧げるから。だから、側にいて欲しい。ずっと、ずっと。
 そう思ってたことは、綺羅ちゃんにはないしょ。

 杏樹がアイドルになると言った時、一緒になると言ってくれて、とても嬉しくて、嬉しくて。
 でも、後から思い知ったんだ。杏樹は綺羅ちゃんに酷いことをしてしまった。
 綺羅ちゃんは、アイドルでいるために、歌とダンスの猛練習をしてた。
 中学で部活に参加することも、友達と学校帰りにハンバーガーショップでダラダラ過ごす時間も、休日に行列のできるパンケーキの店に行くことも。
 全部捨てて、猛練習してたんだ。
 「綺羅は杏樹の引き立て役」だなんて、酷い事を言う人もいたよね。でも綺羅ちゃんは文句も言わずにひたすら練習してた。

 杏樹には歌しかない。でも、綺羅ちゃんには、他の道がある。
 他の道を全部捨てて、綺羅ちゃんが必死になってるのが申し訳なくて。苦しくて、辛くて。

 急に、私の世界から音が消えた。
 新曲も作れない。歌えない。歌しか取り柄がないのに、スランプになったら、本当に何もできないお荷物だ。
 杏樹は闇夜に溺れるみたいに、何もできずに蹲ってた。
 そんな時、綺羅ちゃんが逢いにきてくれたんだ。

「杏樹。あのさ……私。歌詞作ってみたんだけど。曲つけてくれよ」
「綺羅ちゃんの歌詞?」
「ああ。初めてだから、下手だと思うけど……ああ……ちょっと朗読してみるな」

 綺羅ちゃんは恥ずかしそうに俯いて。でも思い切って顔をあげて、杏樹を見て口を開いた。

『泣きたい時 いつも輝いてた一番星
キミに照らされると 優しくなれた
なのにどうして 消えてしまったの』

 これは杏樹へ向けたメッセージだって、すぐ気がついた。
 それくらい、言葉に想いがこもってて、泣きたくなるくらい嬉しくて。

『Star 暗闇を迷い森に辿り着いた
都会の空は明るすぎて見えない
Star 流星にならないで
ずっと側で輝いてよ

星になれたらいいな
キミと共に夜空で輝こう
私も誰かの一番星になりたい』

 言い切って、綺羅ちゃんは不安げな表情をした。

「な、なあ……どうかな? やっぱりだめか……」
「ううん! 凄いよ! 綺羅ちゃん天才だよ!」
「天才はお前だろ。杏樹」
「綺羅ちゃん、だーいすき!」

 思わずぎゅっと抱きついて、泣きそうな顔を隠した。
 綺羅ちゃんが、一緒に輝こうって行ってくれたから、今も杏樹はアイドルでいられる。
 杏樹にとって、綺羅ちゃんが一番星なんだ。
 そう口にできたら良いのに、言えないから。代わりに今日も歌を作る。

 杏樹の重くて、みっともない、独占欲を、綺麗な曲にして、全て綺羅ちゃんに捧げるんだ。
 これは、綺羅ちゃんにはないしょ。
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