第4話  生殺与奪

文字数 6,308文字


日陰に咲く花
生殺与奪


 世界とは、若者にくどかれ勝ち取られるためにある。

      ウィンストン・チャーチル





































 第四章【生殺与奪】



























 「櫻井は何処に行った?」

 「さあ?いない?散歩にでも行った?」

 「まったく。何を考えてるんだ。今日は横崎の搬送があるのに」

 「けど、茜も百合澤も準備出来てるってよ。問題無いじゃない?櫻井はどうせ待機組みだし」

 横崎が入れられていた牢屋の鍵を開けると、横崎の両脇を男たちががっちり固め、先に待っている順一と百合澤のもとへと向かった。

 すでに両手首には手錠がつけられているため自由に動けないというのに、それ以上に身動きが取れないようにされている。

 横崎はやれやれと言った風に、小さく笑ってはいたが、杉原のことを横目で睨みつけていた。

 杉原の前で一度足を止めると、横崎は何も言わないまま、数秒間、杉原を見つめた。

 男たちによって足を動かすよう引っ張られたため、横崎がそれ以上杉原を睨むことも罵倒することもなかったが、杉原は横崎の後姿を見ることもなかった。

 車で待機をしていた順一と百合澤は、男たちから横崎を受け取ると、横崎を両脇から挟むようにして車に押し込まれた。

 ドアを閉めるとゆっくりと車が動き出す。

 「あーあ。また戻ることになるなんてな。お前等、本当に無様な仕事だよな」

 「口を慎め。お前は罪人だ」

 「言ってくれるねぇ。その罪人も利用してんのはそっちだろ?俺は充分あの猿山の大将に情報はやったんだぜ?なのに、その見返りがこれかよ」

 「証拠は何も無い。大人しくしてるんだな。ここで暴れれば、罪が重くなるだけだ」

 ちぇっ、と舌打ちをして、横崎は大人しくなった。

 それからしばらく車は走り続けると、山道の途中のカーブを越したあたりで、異臭がした。

 「なんだ、この臭いは?」

 運転手に言って車を停めると、運転手はボンネットを開けて何かいじりだしたが、特に異常はなさそうだった。

 臭いも無くなってきたため、そのまままた走りだした。

 そしてすぐのことだ。

 大きな音を立てて、その車は爆発してしまった。

 それはすぐにニュースとして取り上げられ、横崎という詐欺師を乗せた車が、輸送中に爆発し、身元が確認出来る状態ではなかったのだが、焦げた遺体が4つ出てきたそうだ。

 未だ消火活動は続けられているそうだが、そのニュースを見ていた杉原は、一体どういうことかと確認をするために車に乗っていた茜たちに連絡を取って見るが、やはり出なかった。

 「番組の担当者に連絡してくる」

 「はいよ」

 そう言って矢岡がいる監視ルームから出ると、少しして晋平が入ってきた。

 「お疲れ」

 「おー。杉原ならさっき出て行ったよ。すぐ戻るとは思うけど」

 「差し入れ」

 そう言って、晋平が矢岡のお菓子が散乱しているテーブルにコーラを置いた。

 「お、さんきゅ」

 早速開けてグビグビと飲み始めた矢岡だったが、数分するとだんだんと眠たくなってきてしまった。

 あまり寝なくても平気なはずの矢岡だが、そのまま顔を伏すようにして寝てしまうと、それを確認した晋平はキーボードだけを器用に動かして、何かいじりだした。

 口に咥えていたUSBメモリーを差し込むと、カタカタと素早く指を動かしていた。

 そして画面には何かのダウンロードが始まり、それが60%を越えた頃、耳に響いたのは聞いた事のある音。

 「いきなり銃を向けるのは止めてほしいな、杉原」

 「ネズミがコソコソと。両手をあげて、ゆっくりとこっちを向け」







 言われた通り、両手を軽く上げてゆっくりと杉原の方を見ると、杉原は特に驚いた様子はなかった。

 「驚かないのか」

 「誰でも疑ってかかるのが俺の仕事だ」

 「そうか。なら、いいか」

 そう言うと、晋平は自分の首あたりに手を持っていくと、そこからぐいっと何かを持ちあげた。

 そこから見えた顔に、杉原は少なからず驚いたようだ。

 「死んだと聞いたが。生きていたのか」

 「死んだふりが上手いだろ?まともには逃げられないだろうから、死んだことにして自由に動き回ろうと思ってさ」

 晋平の顔の下から出て来たのは、順一が撃って死亡を確認し、安置所に運んだはずの庵道だった。

 撃たれた箇所を探していると、その視線の動きに気付いたらしい庵道が、答えを見つけるより先に解答を述べた。

 「あれはな、血のりと、一時的に仮死状態になる弾を撃ってもらっただけだ。そうすれば、心臓は止まってるし、死んだと思われるだろ?」

 「ということは、茜はお前の仲間だったってことか」

 「ご名答。ああ、ちなみに、お前が送り込んできたスパイとやらは、俺は最初から気付いてたぜ?布瀬晋平と美波薫。ダメだよ。潜入させるなら、警察の内部情報からも消しておかないと」

 「美波のことはいつ知った」

 「ずっとタートルネックだから怪しいとは思ってたけど、やっぱり、あいつはお前等が作った人外生物だった。ああ、横崎が俺に持ってきた資料の中身、一部は本物だったんだ。作りだされたそれらには、首に痣があるっていうやつ」

 「それで確実に分かったってことか」

 ちら、と庵道は視線だけを後ろに向けて、画面にダウンロード完了の文字を確認すると、さらに続ける。

 「それからな、俺はこうして捕まることも知ってた。なんでだと思う?」

 「茜あたりに聞いていたんだろう」

 「違うよ。お前等が見てたこの監視カメラな、偽物なんだわ」

 「なんだと・・・!?」

 ここにある沢山のモニターが偽物なわけがない。

 以前直したときにチェックしたはずだ。

 「お前等が俺達を監視するだろうことは分かってたから、前もって作っておいた映像を見せてたんだよ。ずーーーーーーっとな。だから、その間に別の行動が取れたってわけ」

 「いつ細工が出来たというんだ!?」

 「だから、直したんだろ?カメラ」

 「・・・!!まさか」

 「そういうこと。ああ、それでも発信機つけたスパイがいたら居場所バレるのは当然だから、ある奴に頼んで、衛星自体にハッキングして位置情報の座標をずらしてもらった。ま、すぐ別行動取ることになったわけだけど、それでも、時間稼ぎにはなった」

 杉原に見えないように、庵道は両手を下ろして後ろのデスクの縁に手を乗せる仕草をしながら、差しっぱなしだったUSBメモリを抜いた。

 多少呼吸が荒くなった杉原を見て、庵道は目を細めたままにんまりとする。

 「北代昭也、俺は会ったことはない。これは本当だ、嘘じゃ無い」

 「なら、一体どういう関係があるんだ!?お前は何を聞いている!?さっきの話から察するに、研究のことは知ってるんだな!?」

 「ああ、知ってる。このことを公にしようと思ってるんだが、それをお前等は望んでないんだろ?」

 「英雄気取りか」

 「英雄なんて、そんな大したもんじゃない」

 「どうせお前はここで死ぬんだ。何も出来ずに、失うだけだ」

 杉原の言葉に、庵道は上げていた口角を少しだけ下げた。

 ふと、デスクを見るとそこには矢岡のお菓子があったため、そのお菓子をつまんで食べてみた。

 そしてふう、と一度深呼吸をしてから、再び杉原に話す。

 「失ったもんが多すぎて分からないが、幾ら待ったってお前等正義ってやつは、何も変わらない。だろ?奴らは誰かの為に必死になって生きて、戦って、死んでいった。俺に出来ることは、目の前にあるもんを守ることだ。そのために、命を懸けて戦う」

 「ご立派な考えだ。だがな、お前の言葉と俺の正義の言葉、世論はどっちを信じると思う?俺が罪人と言えば、お前は罪人として裁かれるしかないんだよ」

 「確かにな。正義感ってのは先入観を生む。だから恐ろしんだよ。後に引けなくなるんだ。自分がしてることが正しいと思いこんで、突っ走る。だから、俺みたいな奴が止めるんだよ」

 「黙れ。正義は崩れない」

 「気付け。正義は絶対じゃ無い。正義は、お前の行動を正当化するための都合の良い口説き文句じゃないんだ」

 「!!」

 杉原が引き金を引くと、庵道は首を動かして避けた。

 弾は後ろにあるモニターに当たってしまったが、そのとき、画面に次々と異変が起こる。

 「なんだ!?」

 「ちょいとウイルスを仕込ませてもらったよ。カメラだけじゃなく、これまでに蓄積された全ての情報が消えて行くやつだ」

 「なんだと!?」

 もう一度、杉原は庵道に銃を向けた。

 先程よりも至近距離であることから、きっと避けるのは相当難しいだろう。

 しかし庵道は平然としており、何かを思い出したようにごそごそと茶色い封筒を出して、そこから資料や写真を見せて来た。

 「これ、買い取ってくれるだろ?」

 庵道が見せてきたそれは、杉原がなんとしてでも世の中に出したくは無かった秘密であり、北代を追いかけていた1つの理由でもあったそれだ。

 「なんでそんなものが・・・」

 「いやー、優秀な仲間がいるって良いことだな。まさかここまでのものを集められるとは思ってなかったよ」

 「どうやって研究所に侵入した!?」

 「あんなとこ、スペアの鍵を作ればいいだけの話だろ?それよりどうする?買うか?」

 ペラペラと煽るように杉原に見せつけていると、杉原は少し黙ったあと、小さく笑いだした。

 「それがここにあるならなおさら、お前をここで殺せばいいだけの話だな」

 「無駄だね。コピーしてあるから。俺は困らないよ?これが世に広まったとしても」

 「・・・世の中を動かすための研究だ!全てを動かすのは我々だ!」

 「生殺与奪ってか。それはいただけないねぇ。それをするのは、俺だから」

 すると、庵道は腰に隠してあった銃に手を伸ばし、杉原の手を狙って銃を落とさせた。

 すぐに拾おうとした杉原だが、それは出来なかった。

 庵道が杉原の頭に銃口をつけ、床に落ちた銃を拾って解体してしまったためだ。

 「さて、これで俺を殺す術はなくなったわけだが、どうする?金払うか?ちなみに、本物の布瀬とか櫻井は、ここにいる矢岡同様に深い眠りについてるから、助けには来ないぞ」

 まるで玩具を持っているかのようにヘラヘラと笑いながら、庵道は資料と銃を両手に、杉原に交渉を続けた。

 すると杉原は諦めたのか、その資料と写真を買い取ることを了承した。

 金はすぐにキャッシュでということだったため、銃をつきつけながら金が保管してある場所まで連れて行った。

 数人しか開けられないその金庫を開けると、杉原は好きなだけ持って行けと言ったため、庵道は事前に用意をしておいたキャリーケースにほぼすべての金を詰め込んだ。

 「それをよこせ」

 「無事に俺がここから出られるまでは渡せないねぇ」

 「なんだと!?」

 庵道はその場に杉原を縛ると、その資料と写真が入っている封筒をある場所に隠すと言いだした。

 縛っているロープは緩めてある為、10分ほどあがけば解けるだろうと言うと、何処に隠すかも丁寧に教えて、さっさと建物から出て行った。

 そして10分と少し経ってから杉原は自分を解放すると、庵道が言っていた場所を目指して走り、そこに茶色の封筒を確認した。

 それを見て安心していた杉原だが、中身を見た途端、こう叫んだ。

 「庵道啓志・・・!!!」

 次の瞬間、爆発が起こった。







 《今日一番にお伝えするニュースは、警察署が爆破されたという事件についてです。つい先日、こちらの警察署から輸送された詐欺師の横崎基生を乗せた車が爆破された事件がありましたが、そちらとの関連性も含め、調査中とのことです。警察署には当日、50名が出勤していたとのことですが、ほとんどが巡回中や事故の対応をしていたため、犠牲者は4名とされています》

 とある小さな喫茶店に、客が3人いた。

 それぞれバラバラに座っているが、席は近い。

 そして客が1人入ってくると、ある男が座っている席に迷わず向かって行き、そこに腰掛けた。

 黙ったまま、分厚い封筒をその目の前に座っている男に差し出せば、男はすぐさまその中身を確認してほくそ笑んだ。

 「確かに。いやぁ、助かったよ。マジで」

 「約束通り、逃走資金を渡した。変装もさせた。あとは堂々とその偽造身分証で逃げ切るんだな」

 「充分だ。それにしても、サツの動きを察知して俺をあいつらよりさきに買収するなんてな。ほんと、さすがの読みだぜ、あんた」

 「お前の顔の広さがなければ、警察のIDを手に入れられなかった。それだけだ。じゃあ、ここまでだな」

 「ああ。本当に助かったよ。これで別人として悪さが出来る」

 「ほどほどにしろよ」

 分厚い封筒を持った男は、そのまま喫茶店を出て行った。

 それからすぐに他の3人の男たちも喫茶店を出ると、車に乗り込んで鍵を回した。

 「大樹は運転荒いから僕がするね。山道のときは吐くかと思ったし」

 「そんなに荒くないだろ。順一、ペーパーじゃなかったのか?」

 「荒いしペーパーじゃないよ。啓志、これからどこに向かう?」

 後部座席に乗っている男は、窓を開けて外の空気を吸い込んだ。

 そして、その手元にある茶色の封筒を眺めながら頬杖をつく。

 「コレにはまだ利用価値がある。これを使ってまだ稼がせてもらう」

 「じゃあ、本部辺りに行く?」

 「ああ。寝るから着いたら起こせ」

 「分かった」

 走らせている車の中では、3人の男たちがそれぞれ自分の時間を過ごしていた。

 運転をしている男は鼻歌を歌いながら、助手席に乗っている男は喫茶店で土産用に包んでもらったサンドイッチを頬張りながら、そして後部座席にいる男は、夢と現実の狭間でうとうとしながら。

 「次はどんなキャラ演じるかな」







 かつて、北代昭也という男がいた。

 かれは研究者として働く自分に誇りを持っていた。

 彼はある機関に頼まれて遺伝子研究を行っていて、表向きは病気の治療や予防に対する研究、未来への手助けとなるような研究とされていたが、実際は違っていた。

 色んな人間のDNAを摂取し、未知の生物を作ることを目的とした機関だったのだ。

 その生物にはなぜか、首に痣が残ってしまうという。

 理由は解明できていないが、特に支障はなかったため、そのまま研究を続けていた。

 しかし、全ての研究が上手くいっているはずもなく、失敗作と呼ばれるそれらは、処分されるか、もしくは、警察の武勇伝を作るための餌として街に放たれることとなった。

 つまりは、猟奇的な殺人犯や異質な生物は、こうした研究から産まれ、利用されていたのだ。

 北代昭也はこの研究を止めるべく、政府機関に相談したのだがそれは無意味で、人を殺したというありもしない罪で捕まってしまい、そのまま自殺という形で殺されてしまった。

 北代昭也には父親がいて、名を和彦といった。

 和彦は息子である昭也から何か研究の事聞いているのではないかとされ、狙われるようになった。

 和彦は自らの死亡届を出すことで、自分の身を守った。

 息子の死亡の真相を知った和彦は、昭也の死に関わった人間を探し、見つけ、自らが昭也を名乗って報復をすることにした。

 しかし、和彦は自分の寿命を知ると、誰かにこの報復を受け継いでほしいと願った。

 そんなとき、出会ったのは1人の男だった。

 その男は息子、昭也と共に働いていた男で、同じように嫌悪感を抱いていた。

 昭也の死亡にも疑問を抱いていたため、この男に全てを懸けることにした。

 男の名は、庵道智之、その孫の名は、庵道啓志。

 庵道智之は北代昭也という名を受け継いだだけではなく、それを次世代へも受け継がせることにした。

 それが良いことだったのかは、今となっては分からないが。







 「順一・・・運転荒い・・・」

 「え?なんて?」


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